第10章 ※地獄の底で 君の名前を呼んだ【ヒロアカ 轟焦凍】
「行くぞ、」
「いいの? あんなに言われて……」
「何ともない。あいつの許可など、俺には必要ないからな」
力強く握られた手から、彼の決意が伝わってくる。
校門を抜ける際、が一度だけ振り返ると、女が激しい嫉妬を燃やした顔でこちらを睨みつけていた。
けれど、もう怖くはなかった。
隣にいるのは、十年前、公園で自分を守ると約束してくれた少年。
今はその時よりもずっと大きく、頼もしい手で、自分を光の中へと連れ出してくれる。
二人の影は、夕日に照らされて長く伸び、重なり合っていた。
「……焦凍くん、どこへ行くの?」
並んで歩き出し、少し落ち着いたところでが尋ねた。
轟は前を見据えたまま、「特に考えてねぇ」とあっけらかんに答える。
「お前さえいれば、場所なんてどこでもいい」
その真っ直ぐすぎる言葉に、は頬を赤らめながら俯いた。
華やかな街を歩くには、自分はあまりに疲れ果てている。
「あの……焦凍くん、私の家でもいい? 学校の勉強、全然ついていけなくて……本当は、すごく不安なの」
消え入りそうな声で打ち明けると、轟は立ち止まり、彼女の顔を覗き込んだ。
「……そうか。俺で良ければ、いくらでも教える。行こう」
再び、昨日と同じ静かなワンルームへ。
机の上には、びっしりと書き込まれた教科書とノートが広げられていた。
轟はの隣にぴったりと座り、解き方を一つ一つ丁寧に説明していく。
「ここは、この公式に当てはめればいい。ほら……」
「あ、そっか……。……ん」
説明の途中、轟の左腕がの腕と重なった。
真剣な轟の横顔がすぐ近くにある。
シャンプーの清潔な香りと、彼特有の冷気と熱が混ざり合った匂いが、の鼻腔をくすぐった。
轟もまた、徐々に余裕を失い始めていた。
文字を追うはずの視線が、いつの間にか彼女の白い首筋や、小さく動く桃色の唇へと吸い寄せられていく。
教える声が、次第に低く、掠れたものに変わっていった。
「……焦凍、くん?」
不審に思ったが顔を上げた瞬間だった。
轟はペンを置き、彼女の肩を掴んで床に押し倒した。