第10章 ※地獄の底で 君の名前を呼んだ【ヒロアカ 轟焦凍】
夕闇の迫る住宅街。
並んで歩く二人の間には、十年という月日が物理的な距離となって横たわっている。
お嬢様学校の清楚な制服を着た彼女の背中は、記憶の中にある姿よりもずっと小さく、頼りなく見えた。
しばらく歩いてたどり着いたのは、質素なマンションの一室だった。
「……どうぞ。一人暮らしだから、狭いけど」
鍵を開け、彼女が部屋の中へと招き入れる。
玄関に並んだ、一足きりのローファー。
静まり返ったワンルームの空気。
机の上に積み上げられた、付箋だらけの分厚い参考書。
そこには、彼が知らない今の彼女が独り暮らしてる生活があった。
「今お茶、出すね。座ってて」
キッチンへ向かう彼女の後ろ姿を見つめながら、彼は部屋の中央で立ち尽くしていた。
十年前、公園で「お嫁さんになる」と言って笑ってくれた少女。
部屋に響く湯沸かし器の小さな音だけが、二人の止まっていた時間を刻み始めていた。
「……熱いから、気をつけて」
は淹れた緑茶を、ローテーブルの上に置いた。
自分は対面に座るつもりだったが、轟は彼女が座るのを待たず、吸い寄せられるようにその隣へと腰を下ろした。
肩が触れそうなほどの距離には一瞬驚いて肩を跳ねさせたが、彼の横顔に宿る切実な色を見て、それ以上は何も言わずに静かに隣に収まった。
沈黙を破ったのは、轟だった。
「……今まで、どこにいたんだ」
絞り出すような声だった。
湯気を見つめたまま、彼は言葉を続ける。
「あの日、親父に引き離されて……暫くして、時間を見つけては抜け出して公園に行ったが、一度も、お前が公園に来ることはなかった」
「……行ってたんだよ。毎日」
は膝の上で拳を握りしめた。
視界が、茶柱の浮いた湯飲みの中で滲んでいく。
「焦凍くんに会いたくて、毎日あのベンチで待ってた。おじさんに『二度と関わるな』って言われても、それでも焦凍くんが来てくれるって信じてたから」
轟の手が、ぴくりと震えた。
「でも、お父さんの仕事で急に引っ越すことになって……。最後の日も公園に行ったけど、会えなかった。それからずっと、東京にいたの」
「東京……」