第10章 ※地獄の底で 君の名前を呼んだ【ヒロアカ 轟焦凍】
「……本当に、か?」
声を絞り出したのは、轟の方だった。
彼は眉を寄せ縋るような、それでいて信じられないものを見たときのような、激しい動揺を瞳に宿していた。
掴まれた手首から、彼の体温が伝わってくる。
あの日、公園で繋いだ小さな手の面影はどこにもない。
けれど、自分を見つめるその切実な眼差しだけが、十年前のあの夕暮れ時と重なったーー。
体育祭での「宣戦布告」から、全てが劇的に動き出していた。
轟は母に会いに行った。
十年もの間、自分が避けてきた傷跡と向き合うために。
病室で再会した母は、彼を受け入れてくれた。
その穏やかな時間は、凍りついていた轟の心の核を、少しずつ溶かし始めていた。
「……また来るよ」
そう言い残して病院を後にし、彼は帰路についた。
地元の駅に降り立ったとき、轟の心はこれまでにないほど澄み渡っていた。
夕暮れ時、帰宅を急ぐ人々の中に、一際目を引く後ろ姿があった。
この辺りでは有名な、お嬢様学校の制服。
本来の彼なら、通りすがりの誰かに視線を向けることなどない。
だが、その少女の後ろ姿には、抗いがたい既視感(デジャヴ)があった。
(……なんだ?)
胸の奥が、妙に騒ぐ。
彼女の足取りはどこか重く、俯き加減で、まるで孤独を背負っているように見えた。
その細い肩のラインが、記憶の隅にある、小さな女の子の面影と重なり合う。
駅を出て、角を曲がろうとした彼女が、ふと横を向いた。
一瞬、ほんの一瞬だけ見えたその横顔。
それは、十年前に父親の手によって強制的に引き剥がされた、あの幼馴染の面影を色濃く残していた。
「――っ」
考えるよりも先に、足が動いていた。
「?」
無意識にその名を呼んでいた。
自分でも驚くほど、低く、切実な声が出た。
逃がさないように、確かめるように、彼女の細い手首を掴む。
振り返った彼女の瞳に、轟の姿が映る。
驚きに大きく見開かれたその瞳。
十年という歳月を経て大人びたはずなのに、彼女はあの公園で絆創膏を貼ってくれた、あの頃と同じ光を宿していたーー。