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夜の秘め事【裏夢の短編集】【R18】

第10章 ※地獄の底で 君の名前を呼んだ【ヒロアカ 轟焦凍】


あれから、十年の歳月が流れた。
急遽海外転勤が決まった両親に同行せず、は日本に残る道を選んだ。
高校受験という人生の分岐点において、言葉も文化も違う異国へ飛び込む勇気を持てなかったこともあるが、心のどこかに「あの場所」への未練が澱のように沈んでいたからかもしれない。


結局、友人たちのいる東京に留まる案も捨て、祖父母の家に近いかつての地元へと戻ることに決めた。
駅前の再開発が進み、記憶の中の風景とは少し違う街角のマンションで、彼女の心細い一人暮らしが始まった。



進学先は、県内でも指折りの偏差値を持つ私立の女子校だった。
清楚な制服に身を包んだ生徒たちは、どこか浮世離れした気品を纏っている。
背伸びをして、死に物狂いの勉強の末に滑り込んだにとって、そこはあまりに居心地の悪い場所だった。


「……また、分からなかった」


深夜、静まり返ったワンルームの部屋で、は参考書を前に溜息をついた。
授業のスピードは容赦なく、予習と復習だけで睡眠時間が削られていく。
慣れない自炊や洗濯、家事の合間に机に向かう生活は、想像以上に過酷だった。



学校へ行けば、周囲はすでに出来上がったグループで談笑している。
彼女たちの話題は、有名なブランドの新作や、長期休暇に家族で行く海外旅行の話ばかりだ。
ごく普通の、庶民的な家庭で育ったには、相槌を打つ言葉さえ見つからなかった。


昼休み、賑わう教室の隅で一人、昨夜自分で詰めた不恰好な弁当を広げる。



「……冷たい」



一口食べた卵焼きは、少し焦げていて、芯まで冷えていた。
久々に戻ってきたこの街には、かつて一緒に泥だらけになって遊んだ幼馴染はもういない。
かつての公園は遊具が新しくなり、あのベンチに座っていても、誰かが駆け寄ってきてくれる奇跡なんて起きない。



勉強についていくのがやっとの毎日。
クラスでの孤立。
話し相手のいない放課後。
窓の外に広がる夕焼けを見つめるたび、脳裏をよぎるのは、自分を呼ぶ小さな男の子の声だ。


けれど、その姿は霧がかかったように曖昧で、今となってはそれが本当にあったことなのか、自分の願望が生み出した幻だったのかさえ分からなくなっていた。



今の自分にとって、あの約束はあまりに遠く、この現実はあまりに寒々としていた。




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