第3章 影を操る彼は彼女を隠したい 【呪術廻戦 伏黒恵】
呪霊だったものは、伏黒の放った影の刃によって微塵切りにされ、形を留めることなく霧散した。
「いのり、もう大丈夫だ……。呪霊は祓った」
伏黒が自分の上着を着せたいのりをきつく抱きしめると、腕の中の彼女の様子が明らかにおかしくなっていく。
「……っ、は、ぁ…恵、くん……あつい、の……からだがっ」
いのりの肌は異常なほど赤潮んでおり、伏黒の胸元に顔を埋めて、切なげな吐息を漏らしている。
あの触手には、強制的に発情させるような、卑劣な呪毒が残されていたのだった。
「……呪いか。クソッ」
伏黒は彼女の額を触ったが、指先が火傷しそうなほどの熱を持っている。
高専まで連れて帰るには時間がかかりすぎるし、何より今の乱れた姿を他の術師や虎杖たちに見せるわけにはいかなかった。
「……少しだけ耐えろ。すぐに楽にしてやるからな」
伏黒はいのりを横抱きにすると、廃寺の近くにある人目につかない小さなホテルへと駆け込んだ。
ホテルの部屋に入り、ベッドにいのりを横たえたが、彼女の症状は悪化する一方だった。
「ん、ぁっ……恵くん……お願い、どこ、にも、行かないで……っ」
いのりは伏黒の腕を掴み、熱に浮かされた瞳で彼を見つめる。
「ここにいる。……どこにも行かない」
伏黒は彼女の隣に座り、冷たい水で濡らしたタオルで首筋を拭ったが、彼女はその手を奪い自分の胸元へと導こうとする。
「ちがう、の…もっと、奥の…っ、…!」
「……いのり、… これは呪いのせいだ。お前の本心じゃない」
伏黒の声は、必死に自分を律するように震えていた。
愛している。
誰よりも大切で、今すぐにでもすべてを奪い去りたいほど愛おしい。
けれど、直哉に「道具」として扱われてきた彼女を、同じように欲望だけで抱くことなど、彼にはできなかった。
「わかってる……けど……っ! あの時の、こと、思い出して……こわいの……っ、恵くんで、上書きして……っ!」
いのりは涙をボロボロと流しながら、伏黒の首に腕を回した。
触手の感触、直哉の嘲笑。
それらを消し去れるのは、伏黒の体温だけだった。
「……卑怯だろっ、お前。そんなこと言われたら、俺だってっ、……」
伏黒は、自分を繋ぎ止めていた理性がパチリと音を立てて切れるのを感じた。