第2章 トリュフと秘密の寄り道 【ハイキュー!! 北信介】
コートを包む熱狂とは裏腹に、稲荷崎側のベンチには冷ややかな焦燥が混じり始めていた。
春の高校バレー、2回戦。
第1セットを烏野に奪われるという波乱の幕開け。
続く第2セット、稲荷崎はリードこそしているものの、連携の乱れが目立ち、どこか浮足立っている。
「……嫌な流れ。勝っとるのに、負けてるみたいや」
マネージャーの🌸が、祈るように組んだ指先に力を込める。主将・北信介は、その様子を静かに、けれど鋭く見つめていた。
「北、行くぞ」
監督の声に、北が迷いなく立ち上がる。
「北くん」
呼びかけると、北はいつも通りの、凪いだ海のような瞳でこちらを見た。
「顔、怖いで、……大丈夫や、🌸」
「……だって、第1セット取られて、みんなの呼吸がバラバラなんやもん。リードしとるはずやのに、怖くて……」
「せやな。侑も治も、ちょっと『速い』。せやから俺が、いつも通りにするだけや。練習でやってきたことを、そのまま、一滴もこぼさんとやるだけ」
北は淡々と答える。その言葉に嘘がないことを、🌸は誰よりも知っていた。
彼が毎日、誰よりも早く体育館に来て掃除をし、誰よりも丁寧にストレッチをし、一回一回のパスを疎かにしなかったこと。
それが今の彼の自信を支えている。
「分かってる。北くんがコートに入れば、大丈夫やってこと」
🌸は、溢れそうになる涙を堪えて、精一杯の笑顔を作った。
「北くんの努力は、私が一番近くで見てきた。だから、誰が信じなくても、私だけは世界で一番、あんたが正解やゆーて証明してくれるのを信じとるよ」
その言葉に、北の口角がほんのわずかに上がった。
「……『世界で一番』は、ちょっと大げさやな」
北はそう言いながら、🌸の手に一瞬だけ、自分の手を重ねた。
指先は驚くほど温かく、そして微塵も震えていなかった。
「行ってくる。ちゃんと、見ててな」
「うん。……行ってらっしゃい」
交代のブザーが鳴り響く。
背番号「1」を背負った北がコートに足を踏み入れた瞬間、稲荷崎の空気が一変した。
荒れていた双子の目つきが変わり、後輩たちの背筋が伸びる。
彼がただ「そこに居る」だけで、稲荷崎は本来の力を取り戻していく。
その揺るぎない強さを、彼女は誰よりも確信していた。