第14章 『いいこ』の作り方
「…………それだけで、いいの?」
数秒間の沈黙の後。
ナマエの口から出た言葉に、一瞬だけ思考が掻っ攫われた。
「その縛りを結べば、私は"いいこ"になれる……?」
僕の服の裾を掴む指に力を込め、震える声音で呟く。
そんなナマエを見下ろす自分の口角が、歪に吊り上がっていくのが分かった。
(───やっぱりお前は誰よりもイカれてるよ、ナマエ)
術師にとって"縛り"とは、言葉通り己を制限するもの。
特に他者間との縛りは容易に解消できない分、厄介だと言うのに。
「……五条さんが、望むなら」
ナマエはただ、"僕にとってのいいこ"で居る為だけに、易々と自分を差し出せる。
そんな危うい思考を持つこの子を、誰とでも縛りを交わせる状況に置くのは危険すぎる。
「約束、する……。縛りは全部、五条さんの許可をもらってから、結ぶ」
ナマエは迷いを振り切った瞳で僕を真っ直ぐ見つめていた。
そして、暗がりに隠れる僕の手を指先で探り当てると、初めて自ら、僕の小指に自分のそれを絡めた。
「だから、ずっと私を好きでいて。……嫌いに、ならないで」
僕が一方的に縛り付けているつもりだった。
けれど今は、指先に伝わる小さな体温と執着の欠片に、僕自身が囚われていくような錯覚に陥る。
「いいよ。約束だね」
僕がナマエを嫌いになることなんて、万に一つもあり得ない。
縛りがあろうとなかろうと、その真実だけは変わらないというのに。
本当に、健気な忠誠心だ。
「…………うん、約束」
絡め取られた小指に力を込めると、ナマエはほんの少しだけ微笑み、そう呟いた。
心底嬉しい、と言いたげで、それでも悠仁を失った悲しみに囚われたまま、絡まった小指に釘付けの赤い瞳が妖艶に揺れる。
(あー………コレはマズイ)
直感で、これは恵だけが見ていたものだと悟った。
目の前の人間を惑わし、狂わせ、理性を奪い取るように輝く魔性の瞳。
恵は一体どうやって、これを優しく抱いたのだろうか。
もし僕が恵なら───きっと、ナマエの形が溶けてなくなるまで、めちゃくちゃに壊し尽くしていただろう。