第8章 百鬼夜行の、その最中※
歩き出したナマエの背中を追い、玄関から廊下へ足を進めた。
一歩、また一歩と詰めるたび、目的を忘れるなと戒めるように、脳裏にナマエの暗い表情がよぎる。
感情が抜け落ちたように目を濁らせる───津美紀が呪われた時に見せたあの表情。
今日は、その顔をさせないために来たんだ。
そう言い聞かせながら歩いていると、不意にナマエの足取りが止まった。
「ご飯は食べてきた?一応、色々作ってみたんだけど……」
振り返った気配に顔を上げると、
口元にやわらかな笑みを浮かべたナマエが、少しだけ首を傾げていた。
探るようでもなく、疑うようでもない。
ただ、当たり前みたいに、俺の返事を待っている。
「食ってきてねえ」
「わ~!よかった!」
そう笑ったナマエは、また廊下を歩き始めた。
本当は朝も昼も、きちんと食ってきた。
けれど、それをわざわざ伝えるつもりはない。
もし正直に言えば、ナマエは気を遣って、せっかく用意した料理を減らそうとするかもしれない。
それか申し訳なさそうに眉を下げる。
そんな顔を見るくらいなら、
腹がはち切れようが、胃がもたれようが、全部食う方がいいに決まってる。
表情を明るくして先を歩くナマエの背中を追いながら、俺は密かにそう決意を固めた。
「恵くん、生姜好きだったよね?」
「ああ、……よく覚えてんな」
「ふふん、だって好きな人の事だもん」
「…そうか」
当然でしょ、と言いたげに鼻を鳴らすその背中が
やけに得意げに見えて、とてつもない愛おしさが込み上げた。
こいつは本当に、
普通なら恥ずかしくて口に出せないようなことを、
何の躊躇もなく言ってのける。
計算も、照れ隠しもない。
だからこそ、余計に刺さる。
「恵くんは座って待っててね」
そう言って、ナマエは一瞬だけこちらを振り返り、そのままリビングへ続く扉を開いた。
途端に、さっきよりも濃い甘さと、湯気を含んだ料理の匂いが一気に押し寄せてくる。
温度のある空気に全身を包まれ、外で張りつめていた感覚が音を立てて緩んだ。
ダイニングテーブルに目を向けると、
そこには既にいくつもの皿が並び、部屋全体がじんわりとした熱を帯びていた。