第5章 オーバーライト※
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静まり返った室内で、布地が擦れる音だけがやけに生々しく鼓膜を叩く。
いつ誰が入ってくるか分からない。そんな薄氷を踏むような緊張感の中で、これから俺は、ナマエを塗りつぶす。
「っ……くすぐった、」
制服を捲り上げ、再び露わになった白い肌に指を滑らせる。
そんな俺の指先から伝った熱から逃げるように、ナマエの身体がしなった。
「…止めるか」
低く掠れた声で問いかけながら手を止め、横たわるナマエを上から支配するように見下ろす。
引き返せるかどうかなんて思考は、端からなかった。
「………やめ、ないで」
俺は、心のどこかでその答えを期待していたから。
「…わかった」
引き金を引かれたように手のひらを肌に触れさせ、皮膚を掴むように手に力を込める。
───ここ以外、あとは、どこに触れられたんだ。
そう問いただしたい衝動は、ナマエの記憶を掘り起こす行為だと思ってやめた。
「っ、…あ、ぅ」
分からないなら、可能性がある場所全てを塗り替えるだけだ。
嫌がった瞬間に引き返せる理性だけを辛うじて残し、俺は胸の下で止まっていたナマエの服を、首元まで一気に捲り上げた。
「っ…、」
ちらりと様子を盗み見ると、ナマエは目を閉じたまま眉間に皺を寄せ、唇を固く結んでいた。
────ああ、そういえば。
忌々しい男の影が脳裏を掠める。
あと数センチでナマエの唇に重なりそうだった、あの男の顔が。
あの時も、ナマエはこうして目を瞑り、唇を噛み締めて──襲い来る恐怖に、耐えていた。
(……クソ、腹立つ)
ナマエは覚えているのだろうか。覚えているのなら、俺が消してやる。
「………ナマエ」
「…?」
名を呼ぶとナマエの睫毛が震え、潤んだ瞳がうっすらと開かれた。
羞恥と熱に浮かされ、零れそうな涙を溜めたその瞳に耐えきれず、俺はナマエの額にそっと自分の額を重ねた。
「………っ、」
今、大きく息を呑んだのがどちらだったのかも、もう分からない。
重なる吐息も、早鐘を打つ心臓の音も、全部を飲み込むように。
俺は、ナマエの唇を奪った。