第5章 オーバーライト※
ナマエの小さな吐息と俺の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「でも、あの時……恵くんが助けに来てくれて嬉しかった」
その一言が、俺の心の中にあった暗い澱みを一気に押し流した。
それと同時に、こいつはどこまで行っても"神様"を心に飼い、
自分自身の痛みよりも先に、無意識に誰かの救いを見つけ、欲しい言葉を与えようとしてしまうのだと実感してしまう。
「バスタオルに包んでくれた時、あの人のこと、完全に忘れられた」
俺が必死に消そうとしていたあの男の記憶は、
あの一瞬、俺が抱きしめたほんの一瞬だけ、ナマエの中から消え去っていた。
その事実に紛れもない愛おしさと、心臓を締め付けられるような感情が混ざり合った、妙な気持ちが込み上げてくる。
「───だから、」
そんな俺の気持ちを汲み取ったように、ナマエは俺を引き止める腕にさらに力を込めた。
背中に伝わるその小刻みな震えが、今は恐怖によるものではないと、触れている肌から不思議なほど明確に伝わってきた。
「私が思い出しちゃったときは、…また、恵くんが忘れさせて。
恵くんじゃなきゃ忘れられないって、思うから」
これ以上、コイツを神様のままでいさせてはいけない。
村の人間の呪縛から解きたいわけでも、ナマエの思想を変えたいわけでもない。
──── これは、ただの私情だ。
これからナマエに触れてもいいという免罪符がほしいだけの、傲慢で身勝手な、俺の欲望。
「……後悔、するなよ」
喉の奥まで出かかった謝罪を、苦い理性と共に飲み込む。
代わりに、俺にしがみつくナマエの冷えた指先を逃がさないように、上から強く、握りしめた。