第5章 オーバーライト※
少し硬いマットレスに腰を縫い付けられたまま、わけも分からず眉を寄せた。
背後から伸びてきた細い腕が、俺の腹にしがみついて離れない。
振り向くことすら許されないまま、背中にナマエの熱い体温が押し当てられる。
「………嫌じゃ、ない」
鼓膜に直接届いたその声は、泣き出しそうなほどに震えていた。
「嫌じゃなかったの。……お願い、行かないで」
「……無理すんな。震えてただろ」
自嘲気味に返した俺の声を遮るように、ナマエの指先が俺の制服をぎゅっと握りしめる。
「それは……っ、怖かったんじゃなくて。……くすぐったくて、」
予想外の答えに、思考が真っ白になる。
呆然とする俺を繋ぎ止めるように、ナマエは俺の背中に額を預け、ぽつり、ぽつりと、今まで明かさなかった過去をこぼし始めた。
「………私ね、昔、神様だったの」
あまりに浮世離れした言葉。
しかし、ナマエという存在の危ういまでの透明さが真実味を増し、これまでのコイツの思想とひとつに繋がっていく。
「穢れが伝染らないようにって、ずっと家の中で生活してた。
外に出るのは村に呪霊が出た時と、月に1回の神楽の時だけ」
人の欲望を一身に浴びながら、ただ神聖なモノとして磨き上げられるだけの、空虚な日々。
ナマエはそれすらも潔く受け入れて、自分を殺してまで他人を守っていたのかと思うと、かける言葉が見つからない。
「私は清く、正しく、優しく生きなさいって言われて、みんなを守ることが私の生きる意味で、求められていたことだったの」
刷り込みどころか、強制だ。
当然のように零すが、それがどれほどナマエを抑圧し、人間としての心を殺してきたか。
「……でも結局、村は呪詛師にめちゃくちゃにされて、私だけが生き残っちゃった」
生き残ってしまった。
そう言ってしまうほど過酷な環境で育ったナマエにとって、この世界はとれだけ残酷に見えただろうか。
守るべき対象があまりに多いこの世界は、ナマエにとってどれほど生き辛く、孤独だっただろうか。
手を差し伸べることも出来ないまま、たった一人で全てを耐えてきたナマエの時間を思い、俺は奥歯を強く噛みしめた。