第5章 オーバーライト※
着替えが終わり体育館へ近づくにつれて、ざわざわとした声とボールの弾む音が聞こえてくる。
いつも通りの、何でもない午前の空気。
「はーい。じゃあ各クラス男女に別れて、今日はバスケットボールやるからね」
体育で球技といえば、決まってバスケットボール。
歓声があちこちから上がる中で、私だけが肩を落とした。
(バスケかぁ……人数が少ないから、ひとりの負担が大きいんだよなぁ)
少し、……いや、かなり不安だ。
野球やドッジボールなら、多少出来なくても紛れられる。
しかし、バスケットボールとなると話が違う。
完全チームプレイのそれは、1人が輪を乱せばチームが崩れる。
「………ちょっとだけ、お腹痛い気が───」
「オイ」
「ひっ?!」
思わず零した小声に被さるように、頭に重みが落ちてくる。
反射的に肩をすくめると同時にかけられた声は、聞き慣れすぎたものだった。
「ちゃんとやれ」
「…………ハイ、ゴメンナサイ」
頭に乗った指先にじわりと力が込められ、渋い顔のまま頷くと、その手は少しだけ迷うようにしてから不器用に私の頭を撫でて離れた。
その一瞬のやり取りに、周囲の視線が集まるのが分かる。
「伏黒が女子と喋ってる……てか、今 撫でた?」
「おい、やめとけって!!また締められんぞ」
ひそひそとした声が背中に刺さるけど、恵くんは気にした様子もない。
むしろ、面倒そうに小さく息を吐いただけだった。
「……恵くん、イジメとか、」
「してねぇ」
「だよね、安心した」
男子生徒たちがやけに怯えているのが不思議で、恵くんの耳元で問いかけたが考える間もなく即答された。
恵くんに限ってそんな事するわけないと信じていたけど、あまりの即答に思わず笑ってしまう。
そんな私を見た恵くんは一瞬だけ眉を寄せ、視線を逸らした。
体育館の高い天井を見上げる横顔は、体育着のせいかいつもより逞しく見える。
「…頑張れよ」
「……!うん、頑張るね!」
短い言葉なのに胸の奥が少し軽くなる。
恵くんの応援のおかげで、さっきまでの不安が嘘みたいに薄れていった。
笛の音が鳴り、クラスごとに整列が始まる。
私は一度だけ深呼吸をして、体育館の床を踏みしめた。