第5章 足りない※
意識が、ゆっくりと浮上してくる。
最初に感じたのは、畳の匂いだった。それから、掛け布団の重み。
(あれ、俺……)
まぶたを開くと、見慣れない天井が視界に入る。
身体はだるいが、先ほどまでのひどい頭痛は引いたみたいだ。
「……起きたか」
少し離れたところに、肥前がいた。腕を組み、柱に寄りかかるように立っている。
目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ、視線が揺れた。
「……迷惑、かけたね」
声が掠れる。
「…自覚はあんだな」
即座に返ってきた言葉は、いつも通りぶっきらぼうだった。
どことなくよそよそしさが滲む。
沈黙が落ちる。
布団の中で起き上がろうと身じろぎするうちに、遅れて、思い出す。
倒れる直前のこと。顕現のときに、視界が暗くなって……そして、ぼんやりと残っている感触。唇に、何かが触れていたような。
「……あの、さ」
言いかけて、言葉が詰まる。
肥前は、短く息を吐いた。
「霊力切れだ。典型的な」
「……やっぱり」
「やっぱり、じゃねぇ」
呆れたように肥前が目を細める。
「なんで、隠した」
「……うん」
曖昧な返事を返すと、狭い部屋をまた沈黙が包む。
しばらくして、肥前が天井を見上げた後、口を開いた。
「……覚えてるかわかんねーから一応言っとく」
嫌な予感がする。
「さっき経口補給でおれの唾液を通してあんたに霊力を送った」
心臓が急にうるさくなる。
「……え」
「端的に言おうか。接吻で霊力補給をした」
淡々と言われるが、視線は合わない。
顔が、燃え上がるように熱くなる。
……あの唇に柔らかいものが触れて熱に浮かされたのは夢じゃなかった。
何を言えばいいのか分からず、黙っていると、肥前が続けた。
「だが、あれはその場しのぎにしかならねぇ」
また、嫌な予感。
「原因はわかんねーけど、根本的に補うなら……誰か、任意の男士と、その、性行為するしかねぇ」
「…………」
ちょっと待て、“性行為”。今そう言ったか???肥前の吐き捨てるような声が頭の中で反響する。
「……は?」
間抜けな声が出る。
「聞いたまんまだ」
肥前は、表情を変えない。
「……無理」
絞り出すように言う。
「……絶対に、嫌だ」