第11章 目覚めと目覚め
紅海は、しばらく小さく文句を言っていた
「まだ…誕生日…」だの「チューハイ…」だの
けれど、言葉は次第に溶けていく
五条は、酔っぱらいの戯言を暫く無視して
紅海を迎えに行った事で、
後回しになっていた明日の授業の内容を
タブレットに打ち込んでいる
静かになって、覗き込むと、もう完全に眠っていた
「は〜い、失礼しますよ」
苦笑しながら、そっとソファと紅海の間に腕を差し入れる
自分の部屋へ連れていく
乱れないよう、無理に起こさないよう、慎重に
紅海は無意識に五条の胸元を軽く掴んだ
…やめてくれよと、ため息をつく
ベッドに寝かせて、前髪を整えてやる
自分のベッドに彼女が寝ている…罪悪感のような気持ち
五条は一歩下がり、ふぅと一息ついて、額を拭った
良く考えたら
遊佐と言う名前を聞いてから、どうにも調子が狂っている
紅海に対して余裕がないし…軽口も、計算も、どこかズレる
七海も多分、紅海に好意をもっている…アイツは信用できる男だ
でも、遊佐由布湯、あの男は信用ならない
「ははっ」
だが、アイツのお陰で気付いた事もある
今まで蓋をしていた自分を、認めざるを得なかった
自分は、彼女を特別に思っている
それは守る対象とか、仲間とか、そういう言葉で誤魔化せるものじゃない
もっと単純で、厄介で、はっきり言って独占欲に近い感情だ
" 僕だから良かったけど "
さっきは、そう言った
格好つけて
でも本音は違う
誰にも譲りたくない
他の誰かが、この距離に入るのを想像するだけで
胸の奥が黒いドロドロの炎が灯る様な…
「…ほんと、笑えないな」
自分の立場は、嫌というほど理解している
現代最強の呪術師であること
特別を作ることが、どれだけ多くの歪みを生むか
だから、彼女に気持ちは伝えられない
伝えた瞬間に、彼女の世界を変えてしまうかもしれない
ベッドに眠る紅海を見る
「いっそ、既成事実ってやつ作っとくとか?」
誰に聞かせるでもなく呟く
すぐに首を振った
「…無いな」
彼女の気持ちが一番大事だ
選ぶ権利は、ちゃんと彼女にある
たとえその答えが、自分じゃなかったとしても
五条はベッドの端に座り、しばらく動かなかった
眠る紅海の呼吸が、静かな部屋に溶けていく