第40章 母と姉
10月を過ぎて
高専の廊下を歩いていると、ポケットのスマートフォンが静かに震えた
画面に表示された名前を見て、紅海の表情が少しだけ柔らかくなる
『おばあちゃんだ』
通話をスライドさせる
『もしもし』
「紅海かい?」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れた祖母――流鏑馬浅葱の声だった
「元気にしてるかい?」
『うん元気だよ』
思わず笑ってしまう
祖母はいつも最初にそれを聞く
「そうかい、良かった」
少し間が空いた
「……来週、分かってるだろ?」
その一言で、紅海の笑顔が静かに消えた
『……うん』
母、小瑠璃の命日
流鏑馬家では毎年、神社で霊祭を行う
親族も集まる、大切な日だった
とは言え…もう二十数年、集う人数は少なくなってきている
「今年も皆来るからね」
『うん』
「千草も、時間をとったらしいよ」
その名前を聞いた瞬間
胸の奥が、小さく痛んだ
流鏑馬千草…母の弟で小瑠璃より5歳年下
年に一度
この日だけは必ず顔を合わせる
そして毎年
同じように、心を抉られる
『……分かった』
浅葱は、それ以上その話には触れなかった
代わりに、
『今年は何日に帰って来られるんだい?こっちに泊まるかい?』
と、いつもの調子で尋ねる
『えっと……』
言葉が止まる
監視されている身なだけあって
勝手にスケジュールは決められない
その事実を、祖母は知らない
全て、黙ったままだ
つまり
実家へ帰るなら、一人では帰れない
最低でも、一級術師の付き添いが必要になる
……どうしよう
真っ先に浮かんだのは悟だった
でも、つい数日前、彼が言ったことを思い出す
「困ったことはないね」
そう笑っていた横顔が脳裏を過る
自分の知らない五条がいる
当たり前な事なんだけれど
悟には悟の予定がある
任務や教師としての仕事…
私一人のために時間を使わせるなんて
頼みにくい……
「紅海?」
浅葱の声で我に返る
『あ、ごめん』
無理に笑顔を作る
『ちょっと高専の予定確認しないといけないから……また電話するね』
「そうかい無理だけはするんじゃないよ」
浅葱はそれ以上聞かなかった
『うん』
「待ってるからね」
通話が切れる
静かな廊下に、一人残された
スマートフォンを握ったまま、小さく息を吐く