第1章 じめじめ
窓の外では、雨が降っている。
粒は小さいくせに、地面に跳ねる音が耳に残る。雨は世界の輪郭をぼやかす。冷たい湿った匂いが、熱をもった体には心地よいような、寒くて鳥肌が立つような、曖昧な心地だった。
この部屋で目が覚めてからというものの、ずっと微熱にうなされているような気がする。体の中の熱が出口を失ったようで、気怠く、喉や関節がギシギシと痛む。
起き上がる気力もなく、ぼーっと天井を見たり、目を閉じたりしてみる。
ふと、額に触れる指先のひんやりとした感触と、ハッカともつかない独特の匂い___多くの国民が正式な商品名ではなく冷えピタという名称で覚えているあれの匂い、がふわりと香って、目が覚める。ぬるくなり、乾いたそれを剥がしてくれたらしい。
先ほどまで貼ってあったシートの跡をなぞるように、彼の骨ばった手は、熱を持った皮膚の上をゆっくりと滑っていった。その手に撫ぜられると頭痛も引く気がした。
「……起きてるかい?」
低くやわらかな声がする。
視線を向けると、白いシャツに身を包んだ細身の男が、少し困ったように笑っていた。涙で少し滲む視界の中、長い睫毛の奥の甘い蜂蜜のような瞳がこちらを覗き込んでいる。
相変わらず、綺麗な人だと思った。綺麗すぎて、ここが夢かうつつか、分からなくなってしまう。
「無理に起きなくていい。熱はまだあるからな」
そう言って、彼は手際よく、新しい冷えピタの袋を破ると、寝汗で湿る額に乗せた。そして、肩口まで布団をかけ直してくれる。
その動きが慣れているものだから、よく分からないこの時間を過ごすようになってから随分経ったことを実感をもって知らされる。
看病に対して何か礼を言おうと思って、かさつく喉を動かしたが、実際に口に出たのは謝罪の言葉だった。
「……ごめんね、迷惑をかけて」
彼は久々に声を出した私に驚いたような顔をすると首を振った。
「迷惑だなんて思ってたら、こんなことしないさ。それより君は喉を潤した方がいいな。お茶を持ってこよう」
ふわりと、微笑む。
その笑顔があまりにあどけなくて、胸の奥がじんわりと緩んだ。
彼の立ち去った部屋は、雨音とエアコンの送風音が反響して、やけにひとりぼっちだ。