第9章 現世に帰ることになりました
仁菜の意識が回復に向かっているせいか、頭の魂と肉体を繋ぐ糸が、目に見えて太くなっていた。地獄の管理タブレットに表示された『復活者』の欄に、仁菜の名前が移動した瞬間、見学者としての滞在は終わりを告げた。
現世に生き返ることが決まった仁菜は、地獄の空気を名残惜しそうに吸い込んだ。洗濯地獄、アイロン地獄、料理地獄、収納地獄——彼女が手を入れた場所は、どこも少しずつ人間らしさを取り戻していた。
アゼルは、仁菜の前に立ち、何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。彼の表情には、複雑な心境が滲んでいた。
「……次に会う時は、ちゃんと迎えに行く」
不器用な言葉だった。けれど、その言葉には、確かな約束の温度があった。
仁菜は微笑みながら頷いた。
「うん。その時は、ちゃんとアイロンかけた服で来てね」
光の粒が彼女の周囲を包み、魂の糸が現世へと引き戻されていく。アゼルはその光の中に、仁菜の姿が溶けていくのを、ただ黙って見送った。
——そして、病院。
白い天井の下、仁菜はゆっくりと瞼を開けた。機械の音、消毒液の匂い、窓の外の風。事故の記憶は曖昧だったが、彼の存在だけは鮮明に残っていた。
黒い制服、赤い瞳、そして、あの不器用な言葉。