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天狐あやかし秘譚

第41章 季布一諾(きふのいちだく)


「なんでここに?」
彼女はキョロキョロとあたりを見回した。視えないのか?
なんだ、お前、姿を見せようとしていないのか?

『私』には『彼』が視えていた。
玉置が『市民の木』と呼んでいる、彼女とともに来た木の根本にいる木霊。ボロボロの姿。髪の毛はごっそり抜け、左の頬はこけ、右の目と頬は腐り落ちている。それに続く、右の腕は黒く変色し、ジュクジュクと腐敗臭を放っていた。

「姿を見せてやれ」

お前を守るために、この女は果敢に戦った。
そして、お前は、この女との約束を守るため、ギリギリまで生きようとしたのだろう?

「姿を見せてやれ」

もう一度言った。だが、『彼』はゆっくり首を振った。

「見られたく・・・ない」
ぎゅっと、膝を抱える。唇を噛み締めて、全身を蝕む病の痛みに耐えていた。

そう・・・この樹は病んでいるのだ。
玉置のところに来ていた男は医師だ。樹の医師。そして、この樹の寿命を知った。
枝が折れたのは偶然ではない。もう、子供を支える力がないのだ。

それでも、『彼』は生を手放さない。生きようとする。
それは・・・

『じゃあ、約束ね。私とここでずっと遊ぼうね!』

幼い玉置と交わした約束。『彼』はずっと、彼女を見ていた。

小学生のとき、いじめられて悲しそうにしていたときも、
中学生のとき、初めて失恋したときも、
高校生のとき、成績が振るわず、親に怒られていたときも、

社会人になって、さっそうと通勤する姿は微笑ましく嬉しかった。
子を宿し、大きなお腹を抱えて広場で優しく微笑んでいた。
幼子に歌を聞かせて、本を読んで、遊んでいるところを目を細めて眺めていた。

年老いても、美しかった。
凛として、何者にも負けない強い意思を持っていた。
母親としての強さ、人としての強さ。
そんな風に成長していったのを、嬉しく思った。

でも、『彼』の中にいつもいたのは、あの日、『ずっと遊ぼう』と言った、幼い玉置だった。

「もしかして・・・そこにいるのかい?」
玉置が言った。彼女の目に『彼』は映らない。私達は、見せようとした人間にしかその姿を見せることはない。『彼』は今、誰の目にも映らないようにしている。

そのはずなのに、不思議なことに、彼女の目はまっすぐ『彼』に向いていた。
「ずっと・・・いたのかい?」
彼女の目から涙が溢れる。
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