第34章 銘肌鏤骨(めいきるこつ)
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更に年月が重なる。浮内の当主が代わった頃だった。
『私』はうまく領巾の力を使えなくなってきた。身体は全く問題はない。心が、限界を迎えたのだ。
『人のようなもの』を作ることはあれ以来していない。だから『私』が会話を交わすのは、たまに来るこの浮内の当主とだけだった。試しにもっと頻繁に来るようにと言ってみたこともあったが、それが叶うことはなかった。
目を見ればわかる。
浮内の当主は、『私』を恐れているのだ。願いを言うときこそ、かしずいて恭しく接するが、いざそれが叶えば振り向くことすらなく部屋を出る。
屋敷は『私』の知らぬ間に増築を繰り返され、まるで底しれぬ迷い道のようになっていた。
気が・・・狂いそうだった。
だが、領巾は『私』の精神の死をも許すことはなかった。
狂気と正気の間で永劫に生かされ続ける。それは、領巾を使う力の消耗という形で現れたのだった。
その事態に直面して、浮内の家の者が、あれこれと考えたようだった。坊主が来て、『私』と問答をしたこともあった。『私』はただ一言、死にたいとのみ、応えた。
ついに、ある時『私』の屋敷に男がひとり入ってきた。その男はいつも来る浮内の当主ではなかった。
その男も最初は、怯えたような顔を『私』に向けてきた。
失敗してはいけない、と『私』は思った。あの雨の日の夜、清延様と海子を追いかけたときの鬼のような表情をすれば、この者も私を置いて逃げていくだろうから。
そばに来てほしかった。
とにかく、言葉をかわしたかった。
抱きしめてほしかった。
乾いた心を、潤してほしかった。
あがああ・・・ああ・・・
『ここに来て』と言いたかったのに、何年も何年も言葉を発することがなかった私の喉は、錆びついたようになっていて、思うように声が出なかった。
あまりにも飢えていた。『私』は手を伸ばし・・・身体をずって男に近づいていく。
相変わらず口からは『あがああ・・ああ・・げがああ・・』のような意味をなさない言葉しか出てこなかった。
「ひいいい!」
そんな私の姿に怯えたのか、男は壁際に張り付くようにして身を固くする。身体が小刻みに震え、浅い呼吸を繰り返していた。
やっと手が届く・・・。『私』の手が彼の頬に触れた。温かい・・・人のぬくもりがした。