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天狐あやかし秘譚

第108章 顧復之恩(こふくのおん)


☆☆☆
「上がりまーす!」

日暮が、そそくさと荷物をまとめて占部の事務室から退室する。17時30分、陰陽寮の正規の勤務が終わるので、別に責められることではないのだが、占部衆所属の陰陽師である廣金は、なんとなくそれを不自然に感じていた。

「ここんところ日暮さん、毎日上がるの早いですね・・・」

ポツリとそう言うと、上席に座っていた土門がニヤニヤと笑っているのに気づく。

「土門様?なにか心当たりが?」
「ふっふっふ・・・やーっと、うちの朴念仁たちも気づいたのでしょうか・・・。あれはですね、押しかけ女房なのです・・・ふふふふふ」

不敵に笑う土門の目はいかにも愉しそうだった。

「押しかけ?・・・え?何処かに行ってるってことですか?」

問いかける廣金に、土門はただ、ふふふふふふ・・・と笑うのみで、詳細は教えてはくれなかった。そんな土門の様子に、なんとなく不気味なものを感じた廣金は、それ以上この話題に触れるのをやめることにした。

土門は土門で、そんな廣金の視線など全く意に介さず、日暮が去っていった扉を見ながら、顔がニヤけるのを止める事ができないでいた。

知っている・・・知ってるのですよぉ・・・
御九里は今、手が使えません・・・一人暮らしの彼はさぞやお困りでしょう。
あなたはそれをご存知ですよね?
行ってあげたい、お料理、お洗濯、包帯を替えてあげたり、お風呂で頭を洗って差し上げたり・・・
下の世話・・・はいらないにしても・・・

そして、そして!
ええ、ええ、そうですとも!
そんなことしてたら、仲良くなっちゃうのは目に見えているのです
・・・ふふふふふ・・・

もしかしたら、もしかして?
もう、夜の生活のお世話なんかもしちゃってたりして♡

ふふふふふ・・・

ほくそ笑む土門、遠巻きにそれを見る廣金。
衆の事務室には他にも冴守や設楽なども残っているが、彼らはこのことにはあまり興味がないようである。

外はどんよりとした梅雨空であるけれども、どうやら土門の頭の中だけは、ピンク色の世界が広がっているようだった。
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