第107章 末路窮途(まつろきゅうと)
そう、俺には下の名前というのがなかった。事件が起きた時、『母』である女の持ち物から、母の名が『御九里塔若子(みくり とわこ)』であることは分かっていた。一緒にいた俺はどうやら女のことを『母』と口走っていたらしく、それで俺の苗字は『御九里』となった。しかし、下の名はなかった。
俺自身、『母』からも『父』からも、生まれてこの方、名を呼ばれた記憶がなかったのだ。いつも『おい』とか『ガキ』とか、そんな言われ方をしていた。
「ふーん・・・そうか・・・そりゃ不便やな」
「別に・・・」
そう、別に、だ。
俺自身はなんの不便も感じない。
誰も俺を探さない。誰も俺を知らない。そして、誰も俺のことなど見ることはない。
故に、名がなくても困らない。
「別にやないで?俺が困るわ。お前のこといつまでも『御九里くん』なんて呼ぶのきもちわりーし・・・そや!お前、自分で決めたり」
「え?」
「だーかーらー・・・自分で、こう、かっこええ名前名乗ったらええやん。わいのオススメは冬獅郎やな。冬に獅子の獅に、太郎の郎・・・御九里冬獅郎・・・かっこええやろ?」
明らかに、アニメに影響を受けていた。
「だせえ・・・」
吐き捨てるように言うと、糸目は「ガン!」などと言って思った以上にショックを受けている様子だった。
だったらこれは?あれは?と土御門は次々にアニメキャラめいた名前を提案してきたが、結局その日は名前は決まらなかった。
その日から、俺はちょっとだけ訓練に前向きに参加するようになった。土御門の訓練だけではなく、設楽や大鹿島、中には宝生前なんていう変わった名前の陰陽師もいた。だが、それはやっぱり少しだけ、であり、それほど身を入れたものではなかった。
そんなふうに手を抜いていることは、すぐに土御門に見透かされることになる。
「お前、なんで訓練真面目にせーへんのよ」
強いのに・・・と言い添えてくる。
土御門自身は最近、俺の指導から外れることが多かった。なんでも『位階審査』というのが近々あるようでそれに合格すると、陰陽師から『陰陽博士』となって、『位階』というのがもらえるらしい。なので、この日は久しぶりに彼と話をしていた。
「やっても無駄だし・・・」