第104章 追奔逐北(ついほんちくほく)
「あれ?!・・・もしかして、涼子さんですか?いやあ・・・懐かしいなあ!」
わざとらしい大声。バーボンを持って、隣りに座る。
「ほら!覚えてないですか?ボクです、ボク!奥田・・・ね?去年、画廊でお会いしましたよね?」
もちろん嘘だ。
見たことも会ったこともない。なので、もちろん・・・
「どなたかと勘違いなさっているのでは?」
ーそうくる・・・よな
「え?ウソでしょ!?こんなきれいな人、間違うわけ無いですよ・・・またまたぁ・・・画商をやってる、涼子さんですよね?ね?」
「違います」
奥田は大げさにびっくりした顔を見せる。これもお芝居。
「え・・・あ・・・す、すいません・・・俺、ほんと、失礼なことしちゃって・・・」
あからさまに動揺した様子で、おろおろとしているフリ。
「あ、で、でも、きれいって思ったのは本当で・・・その、よ、よかったら、お詫びついでに、一杯だけ奢らせてもらえませんか?」
女性がその切れ長の目で奥田を見つめる。そして、少しフッと笑った。
「いいわよ・・・」
ーやった!
奥田は心の中でガッツポーズをする。後はお決まりのコースに持ち込むだけ・・・何を飲むかと尋ねると、女性は『ブルー・デビル』と答える。
ジンとブルーキュラソーのカクテルだ。
奥田は自分と女性にひとつずつ、カクテルを注文した。
ポケットの中のビニール袋を手でそっと確かめる。そこには彼が常用している『クスリ』の感触があった。ここまでくれば、しめたものだ。
ーさ、楽しもうじゃないの・・・忘れられない夜にしてやるからさ。
松野からカクテルを奥田が受け取る。受け取った拍子に、手のひらからぽとりとクスリが落ちる。濃い色のカクテルの中、それはあっという間に溶けてしまった。
奥田がグラスを彼女に、二人はそれぞれの杯を少し上げて、乾杯をした。美しい青色のカクテル、クスリ混じりのその液体が、唇から今夜の獲物たる女性の体内に滑り込んでいった。