第2章 雪国
「よっ。新しい審神者。足元も悪い中よく来てくれたな」
目の前には、鶴丸国永が立っていた。戦装束に身を包んだ美しい刀が、そこにいた。
老獪さを鞘に仕舞い込み、少年のように、にかっと彼は笑顔で手を振ったが、近くで彼のご尊顔を覗くと、琥珀色の瞳は煮詰めた水飴のようにどろりとしていたし、その瞳の下方には濃い隈がありありと判別できてしまった。
寒さで鼻先や頬は赤く染まっているが、白い肌は血潮の存在を感じさせないので、どこか人形じみていた。
鶴丸国永との対面によって、ようやく私は本丸の引き継ぎが簡単なお仕事ではないことを予感し始めたのである。
顔をこわばらせる私を前に、鶴丸国永は傘を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
肩や髪についた雪をはらって、私は少し挙動不審になりつつ、彼の白い傘に入った。
しゃらしゃらと鎖が動く音と、ザクザクと新雪を踏み締める音に包まれる。まるでこの世界に2人きりみたいに静かだった。(足元の存在をカウントして、2人と1匹というのが正確かもしれない。)
屋敷に着くまで、彼は無口だったが、雪に慣れず恐々と進む私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれたので、少し安心感を覚えた。
今までの人生経験で、一対一の会話でコミュ障の私が先に口を開くと、会話を続けることに必死になって余計な自己開示までペラペラ喋ってしまうことは明々白々だったので、彼が話しかけてくれることを期待していたが、どうやら向こうから進んで話す気はなさそうだった。
鶴丸国永といえば快活に人間に接してくるイメージだったが、外見から察するに、この個体は何やら事情もありそうだし、喋りたくないのもしょうがないだろう。
沈黙に気まずさを覚えつつも、私たちは玄関に到着した。
彼は少し逡巡する素振りを見せた後、ようやく重い口を開いた。
「審神者。きみは正しい審神者であることを祈っている。どうかこの本丸を、あの人を救ってくれ」
「そ、れはどういう…」
私の疑問には答えず、彼は悲しげに目を細めた。
私から目を逸らした彼は、急に何かに気付いたように慌てた様子になり、玄関の引き戸を開け、急いだ様子で履き物を脱ぐと、私を置いて、廊下の先に消えてしまった。
そして1人と1匹が玄関に取り残された。