第1章 簡単なお仕事です
さて、担当の役人さんに連れられ、巨大なゲートがある一室にやってきた訳だが。
目の前で鈍い光を放つ金属製のゲートはなかなか重厚感がある。
私の空元気となけなしの覚悟なんて、その圧倒的な存在感を前にすると、笑ってしまうほどちっぽけだ。
ゲートがあるのは政府のメインビルの中の大ホールと呼ばれる一室なのだが、この部屋は時折エアコンの涼しい風を肌で感じられるほど空調が強く、底冷えするような冷気が足元から登ってくるのもまた、私の恐怖を煽った。
担当の役人さんは慣れた様子でさっさと私にゲートをくぐらせたがるが、私はたった今心が折れかけているのである。
待たせて申し訳ないが時間が欲しい。
だって、本丸に行ってしまえば滅多なことでは現世に帰れなくなる。
書類上で理解したつもりになっていた事実の重大さに今更気付いてしまった。
家族には家の中の邪魔な存在として疎まれ、友達とは引きこもり生活を続けるうちに縁が切れてしまったから、別れを惜しんでくれるような人などもういないのだけど、猛烈な寂寞感に包まれて脚が動かなくなる。
(違う、思い出すんだ。この世に未練などもうないだろう。自室のベッドで動けずにいる自分に別れを告げたくてここに来たんだろう?)
自分の中の誰かが言った。
冷たい風が体を包んだ。担当さんは表情ひとつ変えず、眼鏡越しに私を眺めていた。
変わりたかった。なにか変わるかもしれないと思ってここに来たんだ。
進もう。ゲートへ。進むしかないのだ。
長い引きこもり生活で体の動かし方を忘れてしまった気がした。関節からギシギシと音が鳴りそうなほどぎこちない動きだったけど、なんとか足は動いた。
30分余りだっただろうか。ゲート前に居座った私を怒るでも急かすでもなかった担当さんが最後ににこやかに言った。
「では、ご武運を」