第2章 雪国
私は急いで先ほど鍵を閉めた執務室の扉に向かった。
だが、扉の前で立ち止まってしまう。
さっきから鳥肌が止まらないのだ。
扉越しのすぐそこにきっと彼は待っている。事情を聞いて早くこの本丸の問題を解決しなくてはならない。
けれど、様子のおかしい鶴丸、意味深なことを匂わせてずっと付いてくる三日月、なぜか顕現を解いているという大量の刀、重傷の怪我を負っている山姥切国広、不在のこんのすけ、焼けた結界の紙……
今までに遭遇した奇妙な現象が次々の脳裏に蘇ってきた。
(帰りたい…)
しかし、もう帰れないのだ。審神者としてここにきた以上、現世に居場所なんてないのだから。
泣き出したかった。あまりの恐怖と心細さに涙が溢れる。自分の「死」が近付いている気がした。
「審神者殿。結界は張り終えたか?」
扉越しに、テノールともアルトとも言い難い彼の独特な調子の声が聞こえた。
怖くて何も返せず、無言でドアの前に立ち続ける。
「終わったなら、この扉を開けてくれないだろうか。老体に廊下の寒さは些かこたえてな…」
嘘だ。だって体は人間より丈夫な刀剣男士のもので、年齢なんて関係ないじゃないか。
そう思ったけど、彼を寒い中これ以上待たせる訳にはいかない、と私の善性が脳内で声高に主張した。
そうだよな、三日月さんが可哀想だ。早く開けて事情を聞かないと。
私は内鍵を開けた。カチャッと小気味良い音がした。
「やぁ、開けてくれてありがとう」
彼は微笑んだ。
「無体を働く気はないさ。だが、少し不躾な真似を失礼する」
どうやら、扉を開けてはいけなかったらしい。私は判断を誤った。
「こちらにきてもらおうか、[真名]殿」
呼ばれてはいけない名を呼ばれた気がした。