第5章 重症:ファイside
唐突に押し倒されたにも関わらず、彼女の瞳は思ったより冷静だった。
それが、余計にオレの中では気に食わない。
何も言わないまま、ちゃんにまたがって、襟元に手をかける。
流石に少し怯えているように見えた。
その不安そうな瞳に安心するなんて、オレは本当に重症だ。
首元を見ると、オレがつけた傷が唐突に目に入った。
……あぁ、そうか。
オレは、やっぱり誰かを不幸にしないと生きられないのか。
少しでもその不幸を軽くしたくて、オレは彼女の手を握った。
困惑した様子の彼女になにも言えないまま、オレはことを進める。
牙を立てた瞬間、彼女の右手に力が入る。
窓の外で、何かがきらりと光る。
誰かが監視しているのは分かっている。
……願わくば、恋人たちのラブシーンにでも見えたらいい。
そんなことは現実には起こりえないのだから……。
首元から唇を離すと、彼女がより一層青い顔をしている。
「ちゃん……!?」
慌てて彼女の様子を確認したが、どうやら眠っているだけのようだ。
オレは安心して、彼女の乱れた服装を直す。
そして、彼女の唇に口付けた。
明日からまた距離を置くために。
……あぁ、オレは本当に重症だ。
まだ、左手に彼女のぬくもりを感じるのだから。
左手をもう一度握り締めてから、彼女を部屋に運んだ。
オレの妄想に違いないけれど、その寝顔は少し穏やかに見えた。
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