第22章 急接近のゴッホ展
緒方は車を停め、星歌を待つ。志水くんがオレを誘ってくれたと、胸があたたまっている。カジュアルなコートにマフラー、冬らしい装いの星歌が笑顔で助手席に座ると、緒方の胸が高鳴る。
「緒方さん、こんにちは! 年末なのに誘っちゃって、大丈夫でしたか?」
「オレは暇だから大丈夫だ。キミこそ、今日はご両親と過ごさなくていいのか?」
「今日、両親はそれぞれ友だちに会ってるみたいです」
「そうか」
緒方は少し安心し、家族とじゃなくオレでいいんだな…と、優越感のような気持ちが胸を満たす。
車が美術館に向かって走り出すと、星歌が目を輝かせて、再び話をしてきた。
「緒方さん、ゴッホって好きですか?」
「そうだな、いいと思う」
緒方はクールに答えるが、内心では、芸術はよくわからないが、志水くんと一緒ならいいものだからな…と思う。
「よかった! 好きな人と一緒で嬉しいです!」
星歌が無邪気に言うが、好きな人…?と、緒方の心臓がドキリと跳ねる。
「好きな人?」
思わず口に出すと、星歌は一瞬きょとんとしてから慌てて手を振る。
「え!ゴッホが好きな人ってことです!」
その頬には軽い赤みが差している。
「そうか、そうだよな」
緒方は、軽く笑いながら動揺を隠して答えるが、内心では、オレ何を勘違いしているんだ… と、自嘲している。
一方で星歌も、自分の思いを隠そうと必死になっている。変な会話になっちゃった、恥ずかしい…。好きな人…。緒方さんは、私なんかが好きになっちゃダメな人。プロの囲碁棋士と私なんかじゃ釣り合わない…。こんなふうに優しくしてもらうと勘違いしそうになるけど、緒方さんは大人だから優しいだけだよ…。
車内で2人は黙ったまま、しばしの時が流れた。星歌が、ふと思いだしたように言う。
「そういえば、母がゴッホ展の見どころを簡単にまとめてくれたんです!」
「メトロポリタンのキュレーターの見どころとは、楽しみだな」
沈黙が打破されたことに緒方も安堵しつつ答える。
やがて、車は美術館へと到着した。