第20章 雨の日の出来事
緒方はベッドから身を起こし、テーブルに置かれたタバコに火を着ける。隣には女性が横たわっている。部屋にはオードパルファムのほのかな香りが漂い、雨音だけが静かに響いている。頭には、星歌のスクールコート姿と「中学生でプロ…すごいですね!」の言葉がまだ残り、高校生とプロ棋士の立場の違いと年の差が重くのし掛かっている。夢での星歌の微笑みと口づけの感触が、罪悪感と昂りを同時に呼び起こし、どうしてこんな夢を…と、自己嫌悪が胸を刺す。
「ねえ、どうしちゃったの?」
隣の女性が気だるげに言う。緒方はタバコの煙を吐き、無言で窓の外を見つめている。女性は気にも留めず、軽い口調で続ける。
「囲碁よりおもしろいものでも見つけたの?もしかして、好きな人でもできたかしら?」
女性はからかうように笑うが、緒方は無言を貫いている。
「あなたって本当、囲碁バカのつまらない男。こういうときは嘘でも否定するものよ。相変わらず感情を隠すのがヘタよね。今日はずっとピリピリしてるし…。そんなんじゃ対戦、負けちゃうわよ」
明らかに不満そうな声を無視して、緒方はタバコを灰皿に押しつけている。
「そんなに好きなの?」
呟くような問いかけに対しての答えをしばらく模索してから、静かに口を開く。
「オレも、それが知りたいんだよ」
志水くんのこと…オレは本当にどう思っているんだ?あの子の笑顔は守りたいが、これは恋愛とは違う。ただの息抜きのはずだ。星歌への名前のつけられない感情が頭を支配している。
女性は黙って寝返りを打ち、緒方に背を向けた。緒方は大きなため息をつく。あの子が笑顔なら、それでいいんだ…。それなのに、どうしてこんなに苦しいんだ?どうしてあんな夢を見たんだ?緒方はしばらくの間、自問を繰り返していた。