第2章 増していく存在感
緒方がカフェのガラス扉を押し開けると、カウンターの中では星歌がTシャツに店名入りの黒いエプロンのいつもの姿で、膝に文庫本を開いて座っていた。星歌は緒方の足音に気づくと、急いで本を閉じて立ち上がる。
「いらっしゃいませ!」
慌てたせいなのか少し早口の挨拶やいつもよりも増した頬の赤み、エプロンの裾を引っ張るようにして整える仕草に、若々しさが滲んでいると緒方には感じられた。
緒方はいつものようにカウンターの端に腰かけ、アイスコーヒーを注文する。この前は帳簿の整理までしていたのに、今日はのんびりと読書か…意外だなと、星歌の様子に緒方の口元が思わず緩む。星歌の高校生らしからぬ働きぶりと今日の慌てようの対比がおもしろく、緒方は何の気なしに尋ねた。
「読書か?何読んでたんだ?」
「『I am a CAT、吾輩は猫である』です」
星歌はグラスを準備しながら柔らかく答える。緒方は「I am a CAT」と繰り返してから口元に笑みを浮かべる。
「夏目漱石か」
「はい、そうです。『吾輩』を英語にすると『I』になっちゃうの、もったいないと思いませんか?猫なのに『吾輩』っていうギャップがいいのに…」
先ほどのキミの慌てた様子も、オレにとってギャップだったぞ…?緒方は内心で思ったが、それには触れずに答える。
「その通りかもしれないが、あまり気にしたことはなかったな」
「日本語って一人称がたくさんあって、おもしろいと思うんです。『吾輩』とか『私』とか『僕』、『俺』、『拙者』…。 私、日本文学を勉強したいんですよね」
「優秀なんだな」
「いえ、そんなことはありませんけれど…。ただ、日本文学が好きなだけです」
優秀なバイトとは思っていたが、日本文学好きの優等生でもあるのか…と、緒方の中で星歌の存在感が大きく増していた。