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白と黒のハーモニー【ヒカルの碁・緒方精次】

第1章 運命の出会い


 9月初旬、日差しには秋の気配が感じられるようになってきたが、日中は厳しい暑さが残っている。日が傾き始め、夏の終わりを惜しむようにひぐらしの声が響く。囲碁界の若手トップと目されるプロ棋士の緒方精次は、いつものように棋院内のカフェを訪れる。対局後のひとときをここで過ごすのが彼の習慣である。ガラス扉を開けると、若い女性の聞き慣れぬ声が緒方の耳に入った。
「いらっしゃいませ」
 明るくハキハキとした、それでいて柔らかな声だった。私服のTシャツに店名入りの黒いエプロンを重ねて、胸元のネームプレートには「志水」と書かれている。彼女は一柳棋聖の紹介で雇われた学生、カフェでのバイト経験があるという。長年1人で店を切り盛りしていたマスターが人手を欲しがっていたことを、緒方は雑談で耳にしていた。確かに近頃のマスターは、注文の遅れや片付けが追いつかないなど、忙しそうな様子はあった。
「これからよろしくお願いします」
 彼女は笑顔で言い、頭を下げた。少し緊張はしているようだが、バイト初日にしては余裕も感じさせる。おそらく大学生であり、年齢的に一柳棋聖の知り合いの娘かもしれないなと、緒方は漠然と思った。
「こちらこそよろしく」
 緒方はそう短く返してから、カウンターでアイスコーヒーを注文した。ここ数年にかけて、初夏から今頃の時期まで、緒方はいつもアイスコーヒーを注文している。
 彼女は慣れた手つきでグラスを準備し、マスターが淹れたコーヒーとストローを緒方の前に丁寧に置いた。その所作は美しく、過去のバイト経験の産物だろうと容易に想像できた。
「ごゆっくりどうぞ」
 再び、彼女の柔らかな声が緒方の耳に届いた。緒方にはその声色がとても心地よく聞こえて、そのせいか、いつものアイスコーヒーが、いつもとは少し違ったもののように思えていた。
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