第35章 2人を見守る、あたたかな春
3月下旬、日本棋院内のカフェに緒方と白川が来店する。星歌の働く姿、久しぶりに近くで見たいと、緒方の独占欲がくすぐられる。過去2か月ほど、白川の監視下でテーブル席に座っていたが、今日は迷わずカウンター端へと向かう。白川が応援してくれている今、星歌の近くにいるのに遠慮はいらないと、ひそかに意気込む。白川は「テーブル席でいいだろ」と言いかけるが、緒方の背中を見て「そりゃ、彼女の近くに座りたいか」と苦笑いし、慌てて隣に座る。
「うるさい」
緒方が耳を少し赤くしつつ言い返す。からかわれても、星歌の笑顔を近くで見られるならそれでいい…と胸があたたまる。
「いらっしゃいませ」
笑顔で迎える星歌の左手にひまわりモチーフのブレスレットがキラリと光り、緒方は目を細める。
緒方が久しぶりにカウンターに座ったせいか、星歌は少し緊張した様子だが、いつのもようにテキパキと動く。
星歌が2人にコーヒーを置くタイミングで、白川が気さくに聞く。
「ねえ、オレも「星歌ちゃん」って名前で呼んでいい?」
「え?はい、いいですよ」
「緒方、聞いたか?「星歌ちゃん」って呼んでいいってよ?」
「星歌、コーヒーありがとう」
得意げな白川に張り合うように緒方は言い、ニヤリと笑う。オレの方が親密だろ?と、独占欲が顔を覗かせる。
「負けず嫌いすぎるだろ…」
白川は苦笑いして、コーヒーを1口飲む。
「星歌ちゃん、緒方ってこんなヤツだけどいいの?」
白川が聞くと、星歌は顔を赤らめてコクンと頷く。
「白川、余計なこと言うな」
緒方は軽く睨むが、星歌のこの反応、たまらないなと、内心ではニヤニヤが止まらない。
「いやいや、星歌ちゃんが幸せそうならオレは満足だよ」
白川は目を細めて言う。
星歌との時間は十段戦より大事だと、コーヒーの香りに包まれながら緒方は思う。だが、十段も絶対に獲る。第1局は塔矢先生にやられたが、次は勝って五分に戻す…。カフェでのひとときに、そっと闘志を燃やしていた。