第32章 「特別な存在」になるホワイトデー
時計は22時前。名残惜しいが、星歌は高校生だから遅くちゃまずいなと、緒方は家まで送ることにする。この子はオレの恋人だと、独占欲が胸をよぎるが、星歌はまだ17歳だ。棋士としての立場も考えて、慎重にいかないとな…と、自分を戒める。
外に出ると、春の夜風が心地よい。緒方がそっと手を取り指を絡めると、星歌は緊張したように小さくピクッとする。
「こういうの、恋人繋ぎっていうんだろ?」
聞いてみると、星歌は顔を赤らめてコクコクと頷く。その反応に緒方の胸があたたまる。
「一柳先生には、オレからちゃんと話しておく」
「うん」
「それから…オレは噂なんて気にしないし、オレたちの関係を隠すつもりもない。星歌はどう思う?」
「噂はイヤだったけど、精次さんがいてくれるなら安心だよ。でも、どうしたらいいのか、よく分からないかも…。なんかフワフワしちゃってて…」
「そうか…。誰かにひどいことされたら、すぐオレに言えよ。絶対守るから」
緒方は指を絡めた手に力を込める。
「また2人でどこかへ行こう。美術館でもいいし、他のところでもいい。どこか行きたいところあるか?」
「うーん…お花見とか」
「花見、いいな。桜の下で星歌と過ごすの最高だな」
「本当に?いいの?」
「十段戦や表彰式で忙しいけど、星歌のためなら絶対時間作るから」
緒方は真剣な目で言う。星歌との時間は何よりも大切だと、2人で桜の下で過ごすことを想像する。
星歌のマンションの前に着く。街灯の柔らかな光が2人を照らす中、まだ離したくないな…と、独占欲が顔を覗かせるが、いや、星歌のペースを大事にしようと、グッと堪える。
「送ってくれてありがとう、じゃあ…おやすみ」
「おやすみ、星歌」
指を絡めた手を、そっと離す。
「ブレスレット、ずっと大事にするね」
「ああ。花見、ちゃんと計画するから、楽しみにしとけよ」
「うん!」
星歌が小さく手を振ってオートロックの向こうへ入る背中を見送り、緒方は春の夜道を1人、自宅へと戻った。