第30章 大雪のバレンタインデー
星歌の肩が一瞬だけ強張るが、抵抗する様子はなかった。
「ホワイトデーにお返しするから…またこうやって会いたい」
緒方は低く、しかし柔らかい声で言う。
「そのとき、オレから言うことがある。だからキミは今、何も言わなくていい」
もう自分の気持ちをごまかさないと、星歌を抱きしめた瞬間に覚悟を決めた。葛藤を振り切り、星歌への想いをはっきり自覚する。
星歌は黙って小さく頷く。2人は座り直して、再びココアを口にする。
「じゃあ…私、帰ります」
ココアを飲み終えた星歌が、毛布をたたみながら言う。
「こんな時間だ、送る」
「大丈夫です、近くなので」
星歌は笑いながら申し出を断るが、こんな時間に1人で帰せるはずがないだろう…と緒方も譲らない。
「いいから」
緒方はコートを羽織り、身支度を整える。
「じゃあ…お言葉に甘えます」
雪は止んでいるが、冷たい空気がマンションのエントランスに漂う。外に出ると、積もった雪が道路を白く覆い、街灯が柔らかく反射する。緒方は革靴で歩き出すと、凍った地面で滑り、転びそうになる。
「そんな靴じゃダメですよ」
星歌はクスクス笑う。緒方は一瞬ムッとするが、星歌の無邪気な笑顔に口元がゆるむ。だが、再び足元が滑って体が傾く。
「手、繋ぎますか?」
星歌がミトンをはめた手を差しだしながら軽く言い、緒方の心臓が跳ねる。
「ああ、そうだな」
平静を装って言いながら、ミトン越しの手をそっと握る。手に直接触れてはいないが、志水くんとこうして歩けるとは…と胸があたたまる。
やがて星歌のマンションに到着。
「帰り、転ばないでくださいね」
「大丈夫だ」
「送ってくれてありがとうございます。おやすみなさい」
星歌は穏やかな笑顔でオートロックの向こうに消えた。あの笑顔、守りたい…と、緒方の心はあたたかさに包まれている。
1人になった帰り道、雪の残る道で再び滑って転んでしまった緒方は、志水くんには内緒だな…と、苦笑しながらコートの雪を払う。
夜空には星がチラチラと瞬き、緒方の胸にはホワイトデーへの期待が静かに高まっていた。