第5章 百合の子(緑谷出久)
「そ、それはただ吃驚して、」
「……デクくんには、違ったやろ……」
私の腕を掴むお茶子ちゃんの手に力が入った。
「デクくんには、あんなに顔真っ赤にして怒ったりして……あんな感情剥き出しの甘井ちゃん、初めてやった」
「だから、緑谷く、ンっ!」
お茶子ちゃんに、キスされていた。
けど、何故か気持ちは静かだった。
緑谷くんにされた時は、あんなに心が乱されたのに。
ゆっくり唇が離れると、お茶子ちゃんは涙を腕でぐいっと拭った。
「やっぱり、普通やん……甘井ちゃん、デクくんの事好きなんやろ?」
そう言われて、さっきの爆豪くんの言葉が蘇る。
『お前、デクの事好きなんだろ』
嘘でしょ。
そんなの……
「そんなの、あるわけ……」
「私は、いつもデクくんを見とった……けど……」
また、お茶子ちゃんの目から涙が零れる。
「デクくんが見とったんはいつも、甘井ちゃんやった!甘井ちゃんも、そうやろ?私を見てるなんて、言い訳やろ?」
「う、ううん……」
私が、緑谷くんを見てる?
嘘。
だって私は……
「お茶子ちゃんだよ、私が見てたのは……」
「嘘」
「甘井ちゃん、いい加減素直になって……!」
お茶子ちゃんの言葉で、私は思った。
確かに……何で、緑谷くんにあんな事された時、抵抗できなかったんだろう。
それはきっと、私も……
けど……
「私、素直になったら……汚れちゃう……!」
「大丈夫!」
お茶子ちゃんが、涙を流したまま微笑んだ。
「甘井ちゃんは、世界一綺麗やから」
お茶子ちゃん。
ごめんね……ありがとう。
「ほら、気持ち気付いたんなら早くデクくんに伝えなきゃ!」
「でも、お茶子ちゃんが泣いて、」
「ええから!自分の気持ち、ぶつけてきて!」
そう言って笑ったお茶子ちゃんを、やっぱり可愛いと思った。
でも、その気持ちは友達に対するものなんだって、今更気付いてしまう。
私は自分が汚れたくない一心で、大事な友達を傷つけていたんだ。
「……ごめん、お茶子ちゃん……」
「大丈夫やから、私の事は!はよ、行き!」
優しいお茶子ちゃんに背中を押されて、私は緑谷くんの部屋に向かった。