第8章 恋人ごっこ(ホークス)
「んー……うん……」
ダメだな、こりゃ。
会話しようと試みるのをいったん諦めて、ベッドにうららを寝かせる。
「うー……ん……」
暫くすると、すうすうと規則的な呼吸が聞こえてきた。
よかった……寝た。
取り敢えず、何があったかなんて明日にでも聞けばいっか。
言ってくれれば、だけど。
うららの赤く染まった頬に、そっと触れる。
「……ん……?」
……かっわいいなぁ……
こんなの、一生眺めてられそ。
……一生は、流石に無理か。
そんな事を思っていると、うららの眉間に皺が寄った。
「うん……う……」
「うらら?」
規則的だったうららの呼吸が乱れ始めた。
「……や……やだ……やだ……!」
苦しそうに寝言を言うので、思わず華奢な肩を掴んでいた。
「うらら!」
「っ!」
ばっと飛び起きたうららの額に汗が滲んでいた。
「どうしたの、うらら」
落ち着かせようと思って背中をさすってやると、突然抱きつかれる。
「ぅわ!」
体勢が崩れて床に尻もちをついた。
「った……」
「……いかないで……」
「え?」
「いかないで……どこにも、いかないで……!」
まるで縋るように、今にも泣きそうな声でうららが言った。
嫌な夢でも、見たのかな。
それとも、酔ってる?
……両方か。
「じゃあ、今日はどこにも行かないよ」
うららを抱きしめようとしたその時、俺のスマホがビービーとけたたましい音を上げた。
『駅前でひったくり発生!近くのヒーロー、出動願います!』
……タイミング、悪くない?
こんな状態のうらら、置いてけないでしょ。
あー……どうしよ……
考えあぐねていると、うららの肩が小刻みに震えだした。
……泣い、てる……?
「おねがい、いかないで……ホークス……」
頭の中に、ヒーローらしからぬ考えが浮かんだ。
ひったくりなんか、他のどっかのヒーローが捕まえりゃいい。
今、俺を必要としてるこの子を放っていける訳、ないじゃん。
俺は、今はうららを救けたい。
「大丈夫、絶対、どこにも行かないから」
もう、泣きじゃくっているうららをぎゅっと抱きしめる。