第1章 死にたがりに口づけを
次の日も、同じ場所にその女はいた。
その日、天使の悪魔は女の名前を知った。
次の次の日も、女——カナタは屋上にいた。
今日も死ぬつもりなのだろうか。
ほんの少し気になって、天使の悪魔は声をかけた。
「今日は飛び降りるの?」
「そう思ってきたけどやめた」
「どうして?」
カナタはフェンスに背を預けたまま、離れた位置で空を眺めている天使の悪魔を睨む。
「またキミが見学に来たから」
「そんな趣味はないよ。僕はここから見る景色が好きなだけ」
「あたしも好き」
「僕が先約なんだけど」
「いいでしょべつに。あたしは翼がないけど、キミはいくらでも好きなところに行って好きなだけ人間を見下せるんだから」
「キミより不自由だけどね」
「うそつき」
本当なんだけどな、と天使の悪魔は胸の内で呟く。
なんてことない、ふざけた会話のラリー。けれどなぜか、そんな意味のない時間が二人には心地よかった。
いつの間にか、お気に入りの風景の中に互いの姿が含まれていることに、この時の二人はまだ気づいていなかった。