第1章 君の影
甚「お前、そんな細けぇとこまで見てたのか。俺に気があるんじゃねぇの?」
わざと軽口を叩き、相手の意識をずらす。
悟ならこのくらい平然と言うだろう、という計算だ。
案の定、彼女は顔を赤くして眉をひそめた。
「はぁ? そんなわけないでしょ。あんたの悪癖に慣れてるだけ。」
甚「だろ? ならいつも通りだ。」
「……でも、やっぱり違う気がする。」
くぐもった声でそう呟き、彼女は再び歩き始めた。
甚爾はその背中を見ながら、心の奥で冷や汗をかいていた。
――やっぱ、悟の真似ってのは簡単じゃねぇな。こいつの身近なやつほど違和感を覚える。あまり喋りすぎるとボロが出る。聞く方に回ったほうが安全だな。
2人並んでトレーを持ち、料理を受け取る列に並ぶ。
隣の彼女はまだ何かを考えているようで、時折横目で甚爾を見てくる。
それを感じ取った甚爾は、あえて先に話題を振った。
甚「そういやさ、傑の任務ってどこ行くんだ?」
「え? あぁ……聞いてないの?」
甚「さっき聞いたけど、詳しくはまだ。」
「東北の方だって。呪霊の発生が多いらしくて、しばらく拠点に詰めるんだって。」
――東北か。距離もあるし、すぐには戻らねぇな。
心の中でほくそ笑みながら適度に相槌を打つ。
彼女は続ける。
「だから、しばらくは悟1人で色々やらなきゃだね。」
甚「おう、任せとけ。」
悟のように自信満々に言い切ると彼女は小さく笑ったが、その目の奥の疑念は消えていないように見えた。
――こいつ、まだ俺を観察してやがるな。
席につき食事を始めるがその間も、幼なじみの視線は外さない。
まるで、今の悟が本物かどうかを探っているかのように。
――早く慣れるしかねぇな。この女を騙せなきゃ、高専内での立ち回りは危うい。
箸を口に運びながら、甚爾は内心で計画を練り直した。
悟の過去、癖、口調――
こいつから引き出して完璧にコピーすりゃ、疑いは潰せる。
そのためにも、この幼なじみは情報源として生かす。
表面上は悟らしい笑顔を浮かべ軽口を混ぜながら。
だが、その奥底では冷ややかな計算が動いていた。