第28章 追加if 二つの墓 数年後
言葉にして初めて、ほんとうに笑えたと分かる。
頬の筋肉が、ちゃんと“笑うため”に動く。
「そして……私、生きています。あなたが望んだとおりに」
風が、頬を撫でる。
“よくやった”と、子どもに言うみたいな触れ方だった。
「あなたの手紙を、見つけました。遺品の引き出しの、一番奥。
“もし戻らなかったら”――そう書いてあって、ひどいです。
読むまで、ずっと手が震えました。……でも、嬉しかった」
あの紙のざらつき。
少し斜めになる癖のある文字。
読みながら、湯気の向こうで何度も聞いた“ただいま”の声が蘇った。
「私は今も、しまっておく気持ちを持っています。
けれど、あの夜よりも、棚は少し広がりました。
二人分の呼吸が、ちゃんと入るくらいには」
石に触れないまま、近くに手を添える。
触れてしまうと、まだ泣いてしまいそうだから。
「“帰ってきた時は、その時は、私から”――あの言葉は、今も私の中にあります。
いつか、夢の中でも、風の中でも、もし貴方に会えたなら……その時は、私から」