• テキストサイズ

黒の王と白の剣 幻想水滸伝Ⅱ 夢

第22章 追加if 花の名の記憶


城は、やけに静かだった。
戦が止んだわけじゃない。ただ、刃と刃の間に薄い布が一枚挟まったような、ぎこちない休みの空気が漂っている。
ルカ様が死んでから、まだ一週間も経っていない。
アルネリアは“生きる”と決めた。決めたのに、心と体は別々の場所に置き去りにされたままだった。

昼下がり。窓の外では薄い雲が日をやわらげ、回廊の石は冷たく光っている。
彼女は机に向かって、何も書かれていない紙の前で座っていた。湯気の消えた茶器と、乾きかけのインク。
扉が控えめに鳴り、足音がひとつ近づく。

「……ただいま」

「おかえり、なさい」

振り向いたとき、俺は片腕に小さな花束を抱えていた。
球のようにぎゅっと集まった花がいくつも、淡い桃色で、光の粒みたいに揺れている。
花屋は城下のはずれにあって、前に三人で買い物に出たとき、皆が満場一致で素通りした店だ。
――ルカには、花はない。そう決めたから。
でもあのとき、俺は棚の隅に並んでいたこの花から目が離せなかった。名札には、アルメリアの文字。

アルネリアは立ち上がりかけて、そこで動きを止めた。
視線が花束に吸い寄せられていく。唇が少しだけ開く。

「……その、花……」

わずかに震えた声。
俺は慌てないように深く息を吸い、そっと差し出した。

「これ、見つけた。城下で。
 この花、アルメリアって言うんだよ。……お前に似てるだろ」

ふっと、彼女の肩が揺れた。
次の瞬間、こぼれるのは言葉ではなく、涙だった。
頬に落ちる一滴目の速度が、やけにゆっくり見える。二滴目は追いかけるみたいに速い。

「……え、あ?…ど、どうした?…嫌だったか?」

言葉より先に腕が動いていた。
俺は花束を片手にしたまま、もう片方の腕で彼女の肩をそっと抱き寄せる。
彼女は拒まない。ただ、胸の奥でこらえていたものが、音もなく溢れていく。

「……嫌じゃ、ありません……その花、村に……たくさん、咲いていて……」

彼女の声は、涙に濡れて柔らかく割れる。
白い髪が頬に触れ、少し湿った香りがかすかに立った。
しばらくそのまま、背を撫でる。呼吸が乱れ、整い、また乱れて、少しずつ落ち着く波を作る。


/ 123ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp