第1章 依依恋恋 一話
程なく扉が静かに開かれる。防犯上の理由という事か、純和風な家屋ではあるものの、玄関の扉はセキュリティの行き届いていそうな洋風の扉だ。様々な期待と不安を胸に抱えながら凪が緊張した面持ちを浮かべていると、扉の向こうから端正な男の顔が覗いた。長い銀糸を右肩へ流してひとつ結びにし、菫色の涼やかな眸を持つ美丈夫が現れた事に、凪の背筋が条件反射でしゃん、と伸びる。
「お前は……」
男は凪の姿を目にした刹那、溢れんばかりに双眸を瞠った。ほとんど吐息混じりであったそれが相手の驚嘆をこれでもかと表現していたものの、色んな意味で緊張している凪には届いていない。
(最初は第一印象が肝心!!!)
「は、初めまして……!この度、明智光秀先生の担当を務めさせて頂く事になった天下統一出版社の結城凪です。顔合わせと新作打ち合わせのお約束をさせて頂いているのですが、その……先生は……?」
勢いのままに言い切った凪を前にして、男は再び菫色の眼を瞠った。自身の事でいっぱいいっぱいであった彼女が、ようやく相手の姿へ落ち着いて意識を向けると、不思議そうに双眸を瞬かせる。出迎えてくれた男は、その端正過ぎる面持ちをほんの一瞬苦しげに歪めた後、すぐに何事もなかった様子で吐息を漏らす。
「……なるほど、此度の担当は随分と頭が緩そうだ。おまけに如何にも鈍間(とんま)な顔をしている」
(な゛っ……!!!?初対面でそこまで普通言う!!!?)
慇懃無礼(いんぎんぶれい)にも程があるその言い草に、凪が内心でむっと眉間を顰めた。が、自分が新人である事は否めない上、何か大きな功績を残した訳でもない。色々文句は込み上げて来たが、ここはぐっと堪えて我慢だ。まさかこの男が噂の惚れれば地獄、明智光秀なのかと考えていると、菫色の眸の男は凪を中へ入るよう促した。