第1章 依依恋恋 一話
両手で持ってもずっしりとしたそれを真剣な面持ちでめくっていると、凪がふと違和感を覚えてぎこちなく顔を上げる。
「あ、あの……兼続さん……」
「なんだ」
「ここに、担当作家【明智光秀】って書いてあるんですけど……見間違いかなって」
「お前は字も読めなくなったのか」
「読めてますけど……!読めてるからこその戸惑いというか、衝撃というかっ」
そろりと凪が指差した先には、彼女が担当する事となる作家の名が記されていた。凪の反応を目にした兼続が、藤色の眸を僅かに眇めた後で何事もなかったかの如く意識を書面へ戻す。
「お前も耳にしているだろうが、今回は日ノ本の神話を題材にした作品を先方へ執筆してもらう。これまで光秀殿が手掛けて来た作品とは毛色が違う分、何かと勝手の違いに悩む事もある筈だ。それを上手く補助出来るよう、知識は十分に蓄えておけ」
「わ、分かりました……薬草関係以外はさっぱりなので、ちゃんと調べます」
様々なジャンルが世に溢れている昨今だが、所謂和物と呼ばれる分野は根強い。それは日本人の中に息づく、日本人としての性(さが)から来るものなのだろう。異世界転生やループもの、人生やり直し復讐系などのジャンルが数多く台頭している今だからこそ、原点に立ち返ろうという企画なのだ。
世界には数々の神話があれど、日本神話は本来、日本人が忘れてはならない教訓を多く詰め込んだ教えそのものである。これまで【明智光秀】が執筆して来た戦国時代を舞台としたものとは方向性がかなり異なる為、どんな作品になるのか凪自身も純粋に興味があった。
(私みたいな新人に大作家さんの担当が務まるのかは正直凄く不安だけど……せっかく巡って来た機会だし、精一杯頑張ろう!)
資料を手にし、ぐっと気合いを入れている凪を暫し無言のままに見つめていた兼続が、ふと静かな声で告げる。
「………本当に、覚えていないんだな」
「え?何か言いましたか?」
「いや」