第3章 依依恋恋 三話
真夏でも熱い煎茶を飲んでいる家康が、芥子(からし)色の湯呑茶碗を手にしたのを見て、共にデスクへ向かった。二人は隣同士の席であり、凪を中心にして右隣りが家康、左隣りが兼続である。
「……そういえば、昨日はあの人と顔合わせだったんだって?」
「あ、明智先生の事?」
「明智先生……」
「家康、どうかした?」
「別に」
明智先生、と凪が口にした瞬間、家康が何とも言い難い複雑な顔を浮かべた。やや苦々しさを孕んだようなその表情へ不思議そうに首を傾げると、彼は何事もなかった様子で瞼を伏せつつ、湯気の立つ香り高い茶へ口をつける。
「顔合わせと打ち合わせは上手くいったの?」
「うん!凄く立派なお屋敷だったからびっくりしたよ。さすが人気作家さんだよね!しかもケーキまでご馳走になっちゃったし……次にお邪魔する時は何か御礼を持っていかないと」
「ふうん」
素っ気ない相槌を打ちながらも、家康は凪の話へしっかりと耳を傾けてくれていた。実は光秀の家へ顔合わせや打ち合わせに行った元担当者達の中で、茶以外のものを出してもらえたのは凪が初めてだというのは、彼女自身まったく預かり知らぬ事である。無論、家康はその事実を知ってはいるものの、余計な事は口にしない。
「前に先生を担当してた人達の噂とは全然違ってびっくりしたなあ。人も良さそうだし、帰りも駅まで送ってくれて紳士的だったし。一緒にいい作品が作れるように頑張らないと!」
「……相変わらずだな、あの人も」
「え、家康は先生に会った事あるの?」
「まあね」
多少意地悪そうな雰囲気は滲み出ていたが、基本的に光秀は優しくて気が回り、凪の目にはとても紳士的に映っている。しかしながら前任者達の噂において、恋した瞬間に必ず泣きを見る男と言われているその所以(ゆえん)は、凪も何となく片鱗を感じ取ってはいた。
あんなにもイケメンであり、所作や仕草に色気がある上、声もしっとりと低く甘い。おまけに地位や財も持ち合わせているとなれば、当然引く手数多だろう。