第4章 参 驟雨※
初めてのキスは、鉄錆た血の味がした。
幼い頃夢見た少女漫画のように甘酸っぱい空気なんてそこにはない。唇が重なるほどに湧き立つ罪悪感と背徳感が私の胸を刺し続けた。
ふいに、眼前に童磨の顔があることに気付く。彼は伸ばした手を私の頬に添えて、いやに美しい笑顔を浮かべている。
「キスって甘いんだね」
……。
童磨の顔が触れる距離に迫ったところで、私は鋭い痛みに目を覚ました。
左手の薬指がじんじんと痛みを訴えている。手を見れば昨夜よりくっきりと赤い円形の痕がそこには残されていた。強引なやり方であったために暫く痛みは続きそうだが、不快な痛みではない。
「夢か……いや夢では無いんだけど」
昨夜の喫茶店のことを思い起こす。
あのあと童磨は楽しげに私に何度も何度もキスを繰り返した。やはりまともな恋愛はしたことが無かったのか「キスって甘いんだね」などと言いながら夢中で唇を貪っていたと思う。血の滴る唇でそのような物言いをする彼にどうしようもなく惹きつけられてしまって、私も死体の倒れている場だというのに彼と唇を重ねる行為に溺れてしまった。
その後キスの余韻でぼんやりとする私を置いて、彼は残された人間の遺体を頬張り骨のひとつすら残さず全て食べ尽くした。
「綺麗に全部食べてあげないとね」
それが彼の美学なのか、ズレてはいるが彼なりの善意なのか。本意は分からなかったが、惨たらしいバラバラのからだを放置されるよりずっと良い気がした。
確かに食べ残しは良くない……、と思い私も何とかオムライスを完食しておいた。血の匂いが吐き気を催してかなり苦しかったけれど。
その後童磨は私を連れて店を飛び出しこの寺院へと帰ってきた次第である。
再び横抱きにされて飛び回られている間、キスという言葉は大正時代にはもう伝来してたんだ……などとどうでもいいことをぼんやり考えていた。
「昨日はあんまり疲れてすぐ寝ちゃったんだよね…お風呂に入りたいな」
ぱちんと頬を叩いて布団から立ち上がる。何かしていないと昨夜のことばかり考えてしまいそうだ。
人の死を容認してしまった挙句、付き合っていない男性とキスをした。私は人として超えては行けないラインをふたつも同時に踏み越えてしまったことになる。もう引き返せないことをわかっていて、自ら踏み越えた。