第2章 弍 黎明
自身の手の指に残った血液を舐め取り、最後にはペロリと唇を舐めた。その妖艶な様は隙がなく絵になる。
「……」
そんな窓から差し込む月明かりに照らされている目の前の男を見て身動きが取れずにいた。
「どうしたの、澪ちゃん。怖かった?」
固まっている私をよそに、童磨は再び残ったオムライスをスプーンに乗せてこちらへ差し出してくる。
私はそれに口をつけられずに下を向いた。
「……私、人を食べる童磨さまを美しいと思ってしまいました」
目の前の男の食事風景はあまりに美しかった。目を奪われ、身動きのひとつも取れなくなるくらいに。
だがそれは、それは……。
「……”人間”なら、絶対に思ってはいけないことです」
「……」
童磨は少し驚いた顔でこちらを見ていた。
童磨の食人を美しいと思うことは、食人を肯定することは……すなわち、殺人を肯定することと同義である。この鬼の存在を認めた時点で、私は人が死ぬことを受け入れていたということだ。
人を殺す生き物と共に居るということは、自分も人を殺す罪を負わねばならないということに理解が及んでいなかった。自分だけ罪を負わずに無関係でいられるはずないのに。
「じゃあ、さっきの子たちに助けられて鬼狩りたちの方へ行きたかったかい?」
童磨の口調には怒りも叱責も、失望もない。きっとその問いが私が真っ当な人であるための最後のボーダーだったのだと思う。
しかし私は迷いなく首を横に振って、それを否定した。
「……いいえ。言ったでしょう、私はどうせ地獄にしかいけないのです。彼らのように眩しい光にはなれません」
困ったように顔を上げれば目の前には変わらず綺麗に細められた虹色の瞳があった。弐の数字と、私の顔が映っている。
「……きみのそばにしか、いられません」
私の言葉を聞けば彼の唇は満足げに弧を描いた。どこかその顔は興奮に赤く上気しているように見える。
スプーンを下ろすと両の手で私の頬を包み込み、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「嬉しいよ。俺たち、ずっと一緒だもんね!」
唇が重なる寸前、最後に見た彼の顔は今までに見たことがないほど悦びのような色をしていた。
たまらなく恐ろしくて、底知れぬ冷たい暗闇。
もう戻れないラインを踏み越えてしまった私は、あとは深淵へと落ちていくだけだ。