第5章 仮契 〜契初〜
「…悩みでもあるん?副隊長様に話してみぃ?」
帰宅しご飯を食べてお風呂に入り、ソファでゆっくりしていた。黙っていると毛先を優しく掴まれて、指先で軽く撫でられる。ドキッと跳ねた心臓はそのまま脈を早めていった。
その後も黙っていると毛先を弄んでいた手は、優しく頬を包み込むように指を髪の隙間に滑り込ませる。
「…訓練、すみませんでした。私、強くなりたいです。どうしたら強くなれるんですか…?副隊長の隣に行きたい…」
そうやなぁ…と頬を撫でたまま上を向いて考える仕草をする。
「朝霧はようやっとるで。強くなるには日々の積み重ねが大切なんや。お前はちゃんとやれとる。今日はたまたまやろ?」
はよ隣おいで、と頬を撫で続ける。真剣な話をしているのに、気が散る…その手が動く度に心臓が跳ねた。
優しく撫でるその手に『焦らなくていい』と言われている気がした。
「宗四郎さん…」
ずっと頬を撫でるその手に両手を添えて、自ら擦り寄った。今、この手は私だけに触れている。顔を動かして手の平に口付けを落とした。
愛しい人の手は刀を握って出来たマメで硬くなっている。それなのにどこまでも優しくて、私はその優しさに落ちていくのだ。
唇を移動させて指先に口付ける。
「ありがとうございます、副隊長…」
感謝も尊敬も、この口付けに込めた。
穏やかな表情をしてただ見つめてくれる彼の手を両手で握って、胸に抱き締めた。
好き…この想いをずっととっておくから、いつかこの手で掬い取って…。
目を閉じてゆっくり息を吐きながら、ただ彼の手の温度を感じていた。
私の手を握っていた彼の手は開き、心臓の部分に触れる。安心しながらも高鳴る胸の鼓動は、全てこの温かい手に伝わってしまっているだろう。
「泣きたかったら泣いたらええ。どうしたらええかわからんくなるけど、その方が楽やろ?」
もう片方の手でまた頬を撫でられて、そっと目を開ける。
「もう大丈夫です。宗四郎さんのお陰で元気になりました!それに…泣くのは弱いから……」
ちゃうよ、と額に口付けて笑ってくれる。弱くないのだと言ってくれる。彼の優しさに溺れて、どこまでも沈んでいく。額に残る唇の感触と共に…。
愛してる…その言葉を置き去りにして、私たちの身体はどこまでも近付いていった。
もう、離れることなど出来ないのだと悟った。
