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偽りの私たちが零す涙は【保科宗四郎】

第5章 仮契 〜契初〜


「朝霧!お前なにしとんねん!やる気がないなら出てけ!!真面目に訓練も出来ん奴ならいらん!」

違う…私は真面目にしているつもり…でも、あなたの顔を見る度に"アヤ"と言うあなたがチラつくの。

バカだ、私。私の気持ちなんていらないのに…訓練にまで持ち込んで…何をしてるんだろう。

どんなに取り繕ってもバレてしまう。大人しく演習場を出てスーツを脱ぎ、トレーニングルームへ向かった。

強くならなきゃ…そう思えば思う程に、私一人、取り残されていく感覚になる。偽装結婚を始めて間もないのにこんなんじゃ、相手を変えさせられてしまうかもしれない。嫌だ…あんな風に誰かに触れるあの人を見たくない。

トレーニングを始めて少しすれば、こちらに近付く気配に気付いた。

「朝霧……すまん、どしたん?」

時計を見れば訓練が終わる時間が過ぎていた。少しだと思ったのに、結構な時間が経っていたようだ。

なんでもありませんと答えてトレーニングを続ける。漕ぐスピンバイクはスムーズにペダルが回っているはずなのに、何故か空回ってる気がした。

私の気持ちばかりが取り残されていく。誰にも掬われずに膨れ上がっていった気持ちはどこへ行くのだろう。

私の少し荒い息遣いだけが響くトレーニングルームで視界が歪んでいき、慌てて俯いて下唇を噛んだ。私、こんな泣く子じゃなかったはずなのに…。

「もう終わりにしぃや。帰ろ……」

「もう少しやっていきます。弱いのに訓練に集中出来ないなんて…弱いままでいたくないです」

この涙は伝わらない気持ちではなく、弱い自分への涙。それでも涙は見られたくない、弱い私を見て欲しくない。だから早く…出ていって。

焦るもんやない、と頭を引き寄せられて彼の胸へと収まる。彼の優しさが胸を焦がす。同時に冷えていく感覚さえあった。

副隊長は汗や涙を拭うように私の顔を優しく撫でる。泣いてるのはバレるし、汗まで触られるし…もうこんな姿は見られたくない。

その後も彼はただ、涙を拭うだけで泣き顔を見ることはしなかった。
そんな彼に絆されたくもないのに、安心していく自分を嘲笑う。
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