第5章 仮契 〜契初〜
何度か深呼吸をし呼吸を整えて、涙を拭き立ち上がる。泣き顔はもう見せない。涙は弱い象徴だから。
ロッカーを開き鏡でもう一度身だしなみを確認する。前髪を整えながら、目の赤みをどうしようか考えた。
だけど、どうでもいいとさえ思えた。きっと副隊長は気付いても何も言わない。演技に集中しなければ…。
食堂へつくとちらちらと隊員たちに見られる。目が赤いのに気付いているのだろう。だが話しかけてくる人はいないので、食事を受け取り一直線に副隊長の元へ向かう。
「遅かったな。何してたん?」
私の顔を見た副隊長は一瞬目を見開いたが、すぐに閉じてニコニコ笑う。はよ会いたかったんやでとあたかも本物のように嘘を並べたてる。
「ごめんなさい、汗がすごかったので…」
気にせぇへんでと正面に座ろうとした私の手を引き、近過ぎる顔に目を瞑ると瞼に柔らかな感触が優しく触れた。
手が離れたので少し距離を取ってから副隊長を見る。今、何をしたの?よくわからないまま、近過ぎる距離に心臓を暴れさせる。
「今日プリンあるな。ビール欲しいんやない?」
今日の食堂の昼食にはプリンがついている。それを見た彼は、ビールと一緒にプリンを食べた私を揶揄ってくる。
「昼間から飲みません!」
そうかそうかと笑いながら、何も言わずに自分のプリンを私のトレーの横に置いた。なんでそういう優しさを与えるんですか。これも演技ですか?食べ物までくれなくてもいいと思うのだけど…。
それでも、ありがとうございますと笑った。