第98章 努力〜時透無一郎 【R強強】
「待てと言ったのはお前だ、ゆき」
吐息が触れ合うほどの距離。逃げ場を失った私のすぐ前に義勇さんの顔がある…懐かしいその顔…懐かしい義勇さんの香り…
忘れることなんて、できるはずがなかった。
「あの日から俺は変わらずにずっとお前を想っていた」
そんな事言わないで…義勇さん…
あまりにも不器用で、真っ直ぐな告白に、涙が溢れそうになる。
拒絶しなければいけないのに、義勇さんの熱い眼差しに見つめられ、声が出ないよ…
「……。」
「口を利いてくれないのか?」
そんな悲しそうな目で見つめないで。私の決意が、全部溶けてなくなってしまうから…。
その時、部屋の戸がそっと開いた。
「冨岡さん、もう終わり…忘れたプリン渡すだけの約束でしたよね?」
そこに立っていたのは、困ったように眉を下げた甘露寺だった。
彼女の登場に、張り詰めていた空気がふっと緩む。
義勇は名残惜しそうに、ゆきから身体を離した。
その、離れる一瞬
ゆきの着物の胸元に、義勇の大きな手が触れ、何か小さな紙切れがすっと滑り込まされた。
えっ…? 何…?
驚きに目を見張るゆきを他所に、義勇は感情の読めないいつもの横顔に戻り、甘露寺に向き直る。
「…あぁ。ありがとう」
一言だけそう告げると、義勇は今度こそ振り返らずに部屋を出て行った。
残された部屋で、私の心臓は壊れそうなくらい早くなった。
甘露寺さんには見えていないようだったけれど、私の胸元からは、確かに白い紙切れの端が小さく覗いている。
受け取らないほうがいい…
そんなのわかりきっている
だけど…
久し振りに、会った義勇さんから懐かしい大人の香りがした…
私が、好きだった香りが…
私は甘露寺さんに気づかれぬよう、何気ない動作を装って、その紙切れを衣服の奥へとゆっくり差し込んだ。
いけない事だとわかっていたけど…
自分を、とめれなかった…