第98章 努力〜時透無一郎 【R強強】
静まり返った部屋で、私は動けないまま立ち尽くしていた。
必死に忘れようともがいていたはずの、けれど片時も頭から離れなかった人義勇さんが、すぐ目の前にいる。
沈黙を破り、最初に口を開いたのは彼だった。
「これ…お前が昨日、川に投げようとしていたものだ」
義勇は、手にしていた包みをそっと見つめた。
「失礼かと思ったが、中を見させてもらった。見慣れぬ洋菓子のようだったから…甘露寺なら何か知っていると思い尋ねたところ、お前が昨日作ったものだとわかった」
驚きで胸が跳ね上がる。
まさか、私が無一郎くんのために作ったプリンが、巡り巡って義勇さんの手に渡り、そして私と彼を再び繋ぐ糸になるなんて…。
じっと見つめる私に、義勇さんは視線を落としたまま言葉を続ける。
「屋敷の隠に頼んで冷やしておいてもらった。…届けるのが遅くなってすまない。用件はそれだけだ。…悪かった」
それだけ言い残し、背を向けて部屋を出ていこうとする義勇さん。
彼の寂しげな背中を見た瞬間、私の胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
会ってはいけない、これ以上心が揺れてはいけないと分かっているのに。
「待って…!」
思考より先に、引き留める言葉が唇から零れ落ちていた…。
その声を待っていたかのように、義勇さんは足を止める。
ゆっくりと振り返って真っ直ぐに私を見つめる…
義勇さんが、一歩、また一歩と私に近づいてくる。
その圧倒的な存在感と、昨日抱きしめられた時の体温の記憶が蘇り、私はたまらず後退りした。
けれど、彼は構わずに距離を詰めてくる。
壁際まで追い詰められ、逃げ場を失った私の目の前で、義勇さんは口を開く。
「待てと言ったのはお前だ、ゆき」
吐息が触れ合うほどの距離。
切ないほどに歪められたその端正な顔が、すぐ近くにある。
忘れることなんてできない…