第98章 努力〜時透無一郎 【R強強】
翌日、ゆきは甘露寺の屋敷へと向かっていた。
昨夜の無一郎の寂しげな背中が頭から離れない…。
昨日、無一郎と美月の仲睦まじい様子に悲しくなったゆきは、川にプリンを投げ捨てようとした。
その時、足を滑らせて川に落ちそうになった自分を、偶然居合わせた義勇が強く抱きかき上げて助けてくれた。
本当に、偶然の再会だった…
結局、あの時手渡せないまま、プリンは義勇が持ったままだった。
もう一度、今度こそ無一郎のために心を込めて作り直したい。
そんな思いで訪ねたが、甘露寺は散歩に出て留守だった。
「すぐに戻って来られると思いますのでお待ちください」
ゆきは、洒落た家具が並ぶ部屋に通された。
しばらくして、勢いよく戸が開く。
「ゆきちゃん、お待たせ〜!」
息を弾ませて入ってきた甘露寺の姿にホッとしたのも束の間、ゆきは息を呑んだ。
甘露寺の背後、部屋の奥にあの人の姿があったから…。
「ゆきちゃん…ごめんなさい。冨岡さんが、どうしてもゆきちゃんに会いたいって…」
そこに立っていたのは、昨日偶然に再会したばかりの、そして必死に忘れようともがいていた存在…義勇だった。
その手には、昨日ゆきが置いてきてしまった、無一郎に渡すはずだったあのプリンが大切そうに握られている。
「冨岡さん、少しだけですよ! 無一郎くんにバレたら大変なんだからねっ」
甘露寺は、二人を気遣うように部屋を出て行ってしまった。
パタン、と静かに閉まる扉。静まり返る部屋の中で、ゆきは立ち尽くす。
忘れるための努力も、無一郎を傷つけてしまった罪悪感も、すべてが頭の中でごちゃごちゃになり、訳がわからなくなる…。
「…ゆき」
低く、甘い義勇の声が、ゆきの名前を呼ぶ。
その響きと、彼の手に残る昨日の温もりの証拠に、胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛む。会いたくて、けれど会ってはいけなかった人…。
同じ空間に…すぐ前に…
義勇さんが、居る…。